第44話 書庫


 その『回避できる』方法というのは、アメジストの好奇心をくすぐるような話だった。


「エッ?! 書庫に隠し扉……通路があるの?」


 ジャニスティの部屋は屋敷の中でも離れにある。近くに並ぶのは書庫や倉庫の部屋で他は何もない、ほとんど人の来ない場所だ。


 住み込みのお世話係とはいえなぜそんな所なのか? アメジストは随分前に一度「皆と同じ本館の、近い部屋をどうして使わないのか」と、ジャニスティに聞いた事がある。


 するとこんな答えが返ってきたのだ。


――「寂しい奴だと思うかもしれませんが、私は人のいないこの静けさがとても好きで、居心地がいのです」


 数年前に彼が言ったその言葉を、ふと思い出したアメジスト。今なら少しだけ彼の言う「静けさ」の意味を、理解できる気がしたのである。


「いつどのようにして作られ、何の目的で書庫にあるのかは私も解りませんが――」


 書庫には一般的に流通している書物以外にもベルメルシア家にまつわる文書や歴史書のようなものまで、様々な書類も保管されている。


 そこに毎日のように出入りし調べ物や勉学に励んでいるジャニスティがある日、違和感を感じた場所。そこを覗き込むと隙間から見えた、隠し扉。


 それは本館の通路へすぐに出られたというのだ。何者かの罠か、危険がないか? と、何度か通路に入り試してみたが、何事もなく安堵したという。


―秘密の扉!


 アメジストの心は期待で高鳴る気持ちとほんの少しの不安をいだきつつ、頬をピンク色に染め楽しそうにしていた。


 人に会わず戻る方法を知り見つからずに部屋へ帰れそうだというその、安心感。そして生まれてずっと暮らしてきた冷たい記憶が蔓延はびこるベルメルシアの屋敷に、そんな秘密があると思うだけでウキウキとしてしまう。


(童話の世界みたいで、素敵だわ!!)


「ジャニス、ごめんなさい。いけない気持ちだという事は分かっているけれど私、何だか楽しみだわ!」


「うにゃふ♪」


 アメジストの嬉しそうな声に同調するようにワクワクと見つめるクォーツの瞳は水晶、いやそれ以上かと思う程、輝く。


「クォーツ、君はまだ一緒には行けないよ。これから明日あすに向けて、私と頑張るんだ」


 昨夜から濃い時間を過ごした三人は、血の繋がりを越えると感じるくらいに信頼関係が築かれていった。



 しかしのちに、判明する。


 アメジストが窓際で感じた恐怖は、三人の関係がおびやかされる出来事を予感させていたという事に彼女も、ジャニスティも。


 今はまだ知る由もない。

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