第3話 覚悟


――解っている、そんな事は解っているのだ。心が痛むのも知っている。


 しかし見ず知らずの、しかも瀕死の状態である子を連れて帰れば、アメジストの両親は何と言うだろうか? 人助けを褒めたとしても、この状況を許すだろうか?


 心の中で、ジャニスティは自問自答していた。


 彼の本心はアメジストの意見こそが人として正しい事だと理解していた。人の心の在り方を教えてきたのもまた、ジャニスティ自身だったのだから。相反あいはんする感情に押し潰されそうになりながら、悩んだジャニスティは静かに答えを出した。


「分かりました。屋敷へお運びしましょう」


(アメジスト様の優しき心を、けがしたくはない)


 アメジストはほやっと柔らかに微笑むと、安堵の表情を浮かべる。そしていつもの可愛らしい声でジャニスティにお礼を言った。


「ありがとう、本当にありがとう。私、無理を承知で……そう、分かっているの。いつも迷惑ばかりかけて、わがままでごめんなさい。ジャニス、感謝しています」


 その言葉を聞いた彼は、教育係という立場での気持ちなのか? なぜか心は軽くなり、とても安心をしていた。その上で今後どうするのかを伝える必要があった。ジャニスティは心苦しい思いを悟らせてはいけないと、表情を変えずアメジストへ話をする。


「お嬢様、これだけはご理解とお約束を。持ち物から身元の確認を致します。どこから来たのか、行方不明者届があるやもしれません。帰る先が見つかり次第、迷いなくその子は引き渡します。たとえ場所であろうと……いいですね?」


 アメジストはその話に大きく重く頷くと、雨に濡れたその子の短い白銀髪をとくように撫で、もう一度抱きしめなおした。


 そして降りしきる雨の音にかき消される程の小さな声で、その耳元にくちびるを寄せ言葉をかける。


「可愛い子ね。大丈夫、私が助けます、守ります」


 そう、優しくささやいて。



「アメジスト様」


 十年前、お嬢様付きとしてベルメルシア家に雇われて働き始めたジャニスティ。そしてこれまで、いついかなる時も周りに毒されることなく自分の信念を曲げず、信じた道を歩んできた強い意思を持つアメジスト。


――お嬢様はずっと、私が成長を見守り護ってきた大切な主人だ。


 その慈悲深き彼女の姿に、ジャニスティの心には様々な思いが駆け巡った。


 それは尊敬すべき彼女への忠誠心と強い信頼。そして今後、何があろうと一切の責任は自分が取ると心の中で改めて誓い、覚悟をしたのであった。

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