第226話 拠所
その意味深な発言を聞いていたのは傍にいた、ノワだけである。
彼女は屋敷にいる時と全く変わらぬ美しい姿勢で真っ直ぐと立ちスピナの後ろに、控える。一切顔色を変えない、人形のような整った顔で
それは言葉では言い表せない雰囲気を、
「用事も済んだことですし。ノワちゃ~ん、帰りますわよ」
「かしこまりました、奥様」
カッカッ――……。
凛とした花のように真っ直ぐと前だけを向きスピナについて行く。どこまでも従順に見えるノワの姿から感じるのはやはり感情のない、“無”の力。その視界にも気にも触れない程に薄い空気感がスピナにとって邪魔にならず、好都合であった。
ガチャ、キィー。
「お疲れ様でございます、スピナ様」
「えぇ、ありがとう。お前がいてくれるだけで、私は安心して外出できるわ」
「なんと身に余るお言葉、恐縮至極に存じます」
「ふふっ、何言ってるの。お前だけは、そんなこと気にしなくて良いのよ」
(そうよ、ずっと。私を影で支え黙ってついて来てくれた。お前だけは、ね)
キィー……ガチャ。
スピナ専属の馬車は彼女が「お嬢様」と呼ばれていた幼少期、そして両親が亡くなってからも変わっていない。その為、自然とこれまで彼女が歩んできた人生の大半を知る御者とはスピナも笑顔で、言葉を交わす。
『何があろうと他言無用、余計な詮索や意見は一切しない』
昔に比べ現在のスピナは人が変わってしまったにも関わらず何も言わず見守り黙って傍で仕える年老いた御者の名は、アンロ。
彼は長年、彼女だけを馬車に乗せ続けている。その“スピナ専属”というだけあり変なこだわりと癖のある彼女相手に絶妙の拍子で馬車の扉を開け、閉める。
――スピナが全心を許し信頼する拠り所、この世で唯一と言えるだろう。
「ノワ様もどうぞ、お乗り下さい」
「はい」
多くの馬車が着けるその場所でノワの瞳がふと、横を向く。燃えるようにギラリと光った赤の瞳は――クォーツがレヴシャルメ種族であるとスピナへ報告した、あの時と同じ。
その一瞬だけ光ったノワの瞳孔が捉えたのは馬車へ戻ってきていた、エデだ。
「……」
「……」
常に“無”であるが桁違いに強い気を持つ、ノワ。
強大な“魔力”と気配を消すことの出来る、エデ。
一秒にも満たない時間の中で、目が合う。
まるで色の無い――可視光線のように、
しかしその不思議な出来事に気付く者は、誰もいない。
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