第62話 御者
夜も更け、それは皆が寝静まった時間。
(キィー……カ、チャ……ッ)
なるべく音を立てぬよう細心の注意を払いながら扉をゆっくりと開閉し、その部屋から出てきたのは――ジャニスティだ。
カー……ン。
(うん、着いたか)
何かの合図のような音を聞き、歩き出す。柔らかな月明かりの射し込む通路の窓へ移動すると、外に誰かが立っている。
カチャ……ギィー。
「よぉ、すまない。こんな夜更けに」
人が来ても問題ないよう裏口近くの窓際に腰掛け、囁くように話しかけた。
「いえいえ、坊ちゃまの頼みとあらば」
深夜二時。ジャニスティが秘密裏に会っていた相手は長年ベルメルシア家の(特にアメジストが乗る)馬車を引いてくれている、
「その坊ちゃまってのはよしてくれ。私はただのお嬢様付き、お世話役だぞ。エデ」
「何をおっしゃいますか! ジャニスティ様は昔も今も、変わらず大切な坊ちゃまでございます」
「そうか……ありがとう」
エデの二度目の言葉を素直に聞き従う、ジャニスティ。その顔は少し恥ずかしそうであった。
「坊ちゃん、それで。昨夜の、あの子は?」
心配そうに聞いてきたエデの表情は、とても真剣である。
「あぁ、間に合ったよ。回復魔法で何とか無事に助ける事が出来た。それもこれもエデ、君が大雨で危険な道中も、安全かつ冷静な判断で馬車を走らせてくれたお陰だ、心より感謝する」
その知識と馬を思い通りに走らせる技術を生かしたエデの御者としての腕を、ジャニスティは高く評価していた。加えてエデは情報通でもあり、この街以外にも顔も広い。
ジャニスティにとって――いや、ベルメルシア家の未来にとっても頼りになる、存在である。
「なんと! ありがたいお言葉。お役に立てて光栄に存じます」
「そんなにかしこまらないでくれ。しかしまだまだ問題は山積みで、悩みはたくさんあるのだが」
そう口を開いたジャニスティは珍しく、口調を崩しながら話し始めた。
(彼は唯一の良き理解者、何でも話せて信頼できる相手だ)
ジャニスティは自分が動けない時や何か内密に事を進めなければならない、問題がある時。
こうしていつもエデの力を借り様々な事に対応して解決してきたのだ。
「大変ですな。坊っちゃん、本日はどのようなご依頼ですかな?」
「あぁ、実はその助けた子の事なんだが」
――その背景には二人の、ある深い絆があった。
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