第285話 夕刻


 小鳥の声も聴こえぬひっそりと静かな、夕刻前。

 視線の先に僅か残る光の残像に目を細め、追いかける。今日も変わらず太陽は沈んでいくのだなとアメジストは心憂こころうい気持ちを感じながら窓の外を、見つめていた。


「お陽さま、また……明日」

 思わずそんな“言葉”が漏れふと、目を閉じる。


 そのまぶたに遮られた瞳が見る暗闇の世界では、じんわり太陽の光が温かい。それから数分も経たずに感じた光と温もりは、消えていった。


――また、明日も。皆が元気でいられますように。


 まるで彼女からの“言葉”を待っていたかのようにゆっくり、だんだんと、茜色の空は眠りについていく。


「はぁ……」

(なんだか、このまま横になりたいなぁ)

 心の中でそう呟いた彼女であったがハッと我に返りすぐに気持ちを、切り替える。そして暗闇の世界に光を戻そうと、瞼を開いた。


「私がしっかりしなきゃ」

――そうだわ、これからはクォーツと過ごせる!


 口元に力を入れ一人、頷く。そして「夕食までもう少し時間がありそう」と部屋の灯りをつけるためカーテンを閉めようと右手で引き始めた、その時――。


 コン、コン、コン、コン。


(え? 誰かしら)

「はい……どうぞ」


 夕食前、いつもであればアメジストは様々な教養を身につけるため勉強をしている時間だ。そんな自分の部屋を夕刻に訪ねて来る者は滅多にいないと少し構え恐る恐る、返事をした。


 すると、聞こえてきたのは。


「御夕食前のお忙しい時間に失礼します」


(この声は、まさか)


 ゆっくりと均等なリズムで扉を叩く音に淡々と抑揚のない、声。

 今アメジストの前に立ち塞がる重厚な扉越しにほぼ毎朝挨拶をしてきた、あの人物。


「もしかして……ノワ……さん?」


「…………」


 その問いかけにしばし、沈黙。それは一分にも満たないが彼女にとって倍以上の数分にも思える緊張感に、長く感じる時間であった。


 扉を叩く音が聞こえてからアメジストはカーテンを引く手を止めゆっくりと扉の前へと、向かっていた。心臓が飛び出てしまいそうなくらいに早く打つ鼓動で苦しくなり自身の胸を、押さえる。それはただただ相手からの言葉を心待ちにし、願うように。


 するとようやく声の主から返事が、聞こえてきた。


「はい、御嬢様。ノワです」


(やっぱり! でも、なぜ?)


「応えて下さってありがとうございます」

「いえ」

「でもあの、ノワさん。どうしたのですか?」


 シン、と静まり返る部屋の周囲。

 いつも以上に音がしないことに彼女は違和感を覚える。

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