第223話 自尊


「クッ……」

(私の魔法が、本当に全く利かないとは――)


 歯を食いしばりギリギリと音を立てるカオメドは悔しいと、沈黙する。そして店を出ていくオニキスとフォルの後ろ姿を死んだ魚のような目で真っ直ぐと、見つめる。


 ふと思い出したのは自身の出す店テントへ入る前にオニキスから言われた、一言。


――『カオメド君。あまり我々の事を、軽く考えない方が良い』


「ん……あれは、まさかッ!?」

(やられた! この私が、金持ちの当主ごときに)


 バササーッ!!


 何かに気付き、テントの入口を思いきりめくり急いで外へ出たカオメドの赤く血走った目に映った、光景――。


「おぉーそこに置いといてくれ」

「分かった、そっちも手伝うかい?」


「みんなお腹すいたでしょう? 開場時間までもう少しあるから」

「おっしゃ~おばちゃんとこの美味い特製サンドイッ……イデデ!?」

「コラッ! おばちゃんじゃないでしょッ、お姉さん!!」


 わあっははは……!!


 そこには今年の祭典で出店しゅってんをする店の者たちが和気あいあいと楽しそうに話し、準備を進めている姿だった。


「な、んだ? どう……いうことだ、これは」

(そんな馬鹿な。あの店主だけでなく、街中にかけた魔力が、消えたというのか)


 最悪の雰囲気になっていた街――正確には『カオメドが張り巡らせた魔法』によって邪悪な膜のような空気がおおっていたはずの、この場所。


 しかし今、信じられないことに街の皆は笑顔で祭典の準備を再開しまた、前日からカオメドが魔力を仕掛け心理操作していたはずの服飾店の店主も、見失っていた我を取り戻し笑い合っている。


 此処は輝く素敵な祭典の地に、平和な街へと戻っていたのだ。


 年に一度この街で大切な祭典の日にカオメド=オグディアが起こした、まるで演劇のような騒ぎ。


 したり顔で「私は凄い」と勝手に思い込み酔いしれ溺れていた彼はオニキスの冷静な動きと優秀な執事フォル、そして優れた能力を持つエデの力を、読みきれなかったのである。


 それどころかカオメドは意気揚々と舞い上がり自身の判断能力が鈍っていたことにも気づいていなかったのだ。


――しかし、もう遅い。

「やってくれるねぇ」


 カオメドは自分で自分のことが猛烈に腹立たしく同時にぶつけようがないオニキスへの怒りは更に、増していく。


「フッ、フッフフ……ハハハ……あーぁ。えぇ、そうですねぇ。私は貴方たちのことを、甘く見ていましたよ」


 そう呟き、不敵な笑みを浮かべ彼はテントへと、戻っていった。

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