第319話 籠絡


 長きに渡り平和な場所だと言われてきたこの街は主に、ベルメルシア家が統括している。その数百年の間には当然、様々な問題が起こってきたがその都度解決へと導き収めてきた。


 が、しかし。


 今回現れたカオメド=オグディアという隣街から来た若き青年は初見の印象は何の問題もない、とても良く皆に慕われそうな雰囲気だ。それに騙され気を許せば最後……蓋を開けてみれば驚くような無礼を飄々ひょうひょうとした顔で発言し、呆れる程の得手勝手な行動を起こす人物だった。


 そんな男が新規開拓との名目で平和なこの街へと入り込んできたのだ。


 これまでカオメドが成功してきた事業方法は恐らく魔法によるものだと、推測される。現に言葉巧みな彼の言動はこの街で暮らす者たちの(祭典の準備中含め)警戒心をいつの間にか解き、籠絡ろうらくしていったからだ。


 隣町以外でも名を知らぬ者はいない有能な腕利きと言われている、若き“権力者カオメド”。その正体は自身の魔力によって相手の心を思うように操り、契約を締結させていた。その手法により半年程で数々の街を開拓しその自信からか? 噂で聞いていたベルメルシア家当主オニキスのいるこの街へも悪手を伸ばし「この光に掛かればたやすいものだ」とあざけ笑う。


 しかしそう簡単にはいかない新規開拓契約――その後の交渉決裂。


 その結果にプライドの塊が原動力だというような彼の怒りの表情と発言は今後一体どのような矢を、向けてくるのか?


 これからオニキスとエデ、そしてジャニスティが話す内容にはその件も含まれる。スピナの茶会に対する打ち合わせはもちろん、今後時代の移り変わりにどう対応してゆくのか。これから先のベルメルシア家がどのように変化し動いてゆくべきなのか?


 強大な力を持つとされるサンヴァル種族エデですら「長い人生の中でも一番危険な人物」と感じた程の異様な気配を持つカオメドが次に何を仕掛けてくるか。


 懸念とされる事項は、多い。



「カオメド氏とは初見だったが……すでに要注意人物には違いない」

「えぇ、仰る通りですな」


 夜ということもあり道中は沈黙での馬車移動だった、三人。その後、エデが店主を務める酒場に到着しいつもの席――奥へと向かう。



「今夜中に何か起こすとは考えられませんか?」

 神妙な面持ちで話すジャニスティへエデは、答える。


「恐らくそれは無いと思うがね。一見、感情に任せて動いているように見えるが、カオメド氏は打算的でとても賢い」


 結論は急がず、しかし対策は必須だ。

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