第347話 事柄


「ジャニー、大丈夫かい」


 覚悟は決めていると背中を押すようにオニキスは、声をかける。すると俯き加減だったジャニスティは顔を上げ再び、口を開いた。


「それは――“計算だった”……と」


 彼の言葉にオニキスは珍しく苦悶の表情を、浮かべる。


 それから長く感じた沈黙を破った。


「つまり、ベルメルシア家へと入り込むためベリルの優しき心、思いを利用し、踏みにじった……と」


「そこまでは、まだ証拠はありません。しかし、オニキス。これから言うことは、私の憶測に過ぎないのですが……」


「あぁ……ジャニー。君の考えだ、聞かせてくれ」


 思い耽っているようにも見えたオニキスのしかめた顔は次第に怒りでも憐みでもない、何の気も感じない程、無表情になっていく。それでも今は自分の考えを伝えることが重要なのだとジャニスティは言葉を、続ける。


「今日此処で、一連の話で真実が繋がった今、やはり私は違和感を覚えます」


「それは、スピナに対してかい?」


「はい。私は……あのほくそ笑むように、周囲を馬鹿にしたような口ぶり。そして不可解な内容と表現に! あの女(スピナ)に対して……嫌な考えしか、持てない!!」


(駄目だ、あいつらへの怒りが限界を越えそうになる)

 テーブルの上に置いた手が強く握られ震える拳はどうにか怒りを自制しようとするジャニスティの葛藤が、表れていた。


 パシッ――――。


「ジャニー、落ち着きなさい」


 ベルメルシア家の内情を漏らす裏切り行為に加え自身の恐ろしい過去までも危険人物であるカオメドへ話していたスピナの映像が頭の中で繰り返される。その怒る感情を抑えきれなくなったジャニスティを先程まで“坊ちゃま”と呼んでいたエデが震える拳を叩き止め、すぐに修正する。


「んぁ、はぁ、すみません。旦那様……私は、大変失礼な言い方を……」


(そうだ、何をやっているんだ! 冷静に話せなくてどうする? 感情に任せてしまえば、逆に私の発する言葉の信憑性の方がなくなるだろう)


 此処で話されたことが事実だとしても未だ表向きは“奥様”であるスピナ。彼は怒りに任せ思わず『あの女(スピナ)』と口走ってしまったことを素直にオニキスへと謝罪。


 彼は心の中で今一度、自分を戒める。


「エデ、良いのだ。ジャニーの憤慨する気持ちはよく分かる」

「いやいや、ベルさんはお優しい。しかし、甘やかしてはいけませぬ。言の葉には十分、気をつけませんとな」


「申し訳ありません」

 ジャニスティは自身の修行が足りないのだと、反省する。

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