第288話 考慮


「お嬢様の仰っている疑問について、恐らく『スピナ様の専属お手伝い』である私が貴女様に情報を流すという、その取った行動に対してでありましょう」


「えぇ、でももう――」

「私は」

「――ッ……」


 アメジストが無理に言わなくてもいいと言おうとした声を聞く前にノワはそれを、遮る。そして今までに聞いた事のない彼女の高めな声、感情のこもった声色でその思いは語られた。


「誰のモノでもなく、そして、誰とも敵味方でもない」


「ノワ……さん?」


「日々、与えられた自分の仕事を、完璧に全うする。ただ、それだけです」


 その言葉、一言、一文字に強く込められる力がアメジストの心を、突いていく。それは哀しみでもなく、苦しみでもなく、ただただ静かな感情。


 それからすぐノワから「お時間です」と、伝えられる。


「お時間、えっと? そう」

 言葉に詰まっていたアメジストが返事をしようとした、その時。



「――そこで何をしている?」


(あ、この声!)


「御嬢様へ、夕飯の時間変更を伝えに参りました」

 ノワの声が抑揚のない淡々としたいつもの口調に、戻る。


「早朝挨拶以外で、御嬢様の部屋へ来るのは珍しいことだな。まぁ、今日は急だったのだろうから仕方ないが……今後は御嬢様へ直接ではなく、先に私へ言ってくれれば問題ない」


「申し訳ありません」


 この時、壁に掛けてある自室の時計を見てノワの言った意味にすぐ気付いたアメジスト。その「お時間」とはいつも夕刻時、アメジストを迎えに来る声の主――ジャニスティの事であった。


(ジャニス、何か誤解しているみたい。それにノワさんの気配もすっかり元に戻ってしまって)


 二人のやり取りを扉の前で聞いていたアメジストは咄嗟に扉を開けようとドアノブを握るが、しかしハッと思い留まる。


「ダメよ、アメジスト。よく考えて行動を」


 思い立ってすぐの突発的な行動は失敗を招きやすく状況を悪くする可能性もあると幼い頃から指導されている彼女はその『考える』の意味を理解し、心していた。


「いや、責めているわけではない」

「ありがとうございます」


 そう、ジャニスティへ答えたノワは扉越しのアメジストへ「では御嬢様、私はこれで失礼します」と伝えその場を、立ち去っていく。


「これで、良かったのかな……」

 ふと、アメジストは一人呟いた。



 自身が選んだ言動、進んできた道。

 その時々に自信を持ち自分を信じて、歩もうとも。


 後に必ず振り返り、思い悩む。


 そう――これで“良かった”のかな、と。

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