第160話 近道


 自室を出てからオニキスの書斎へ行くためいつもの通路を早歩きで急いでいた、ジャニスティ。しかし胸の内ポケットに入れていた懐中時計で時刻を確認するなり急に、足を止める。


(うーん、これは……厳しいな)


 彼の部屋はベルメルシア家の屋敷内とはいえ、離れにある。ただでさえ距離もあり尚且つオニキスは忙しく、時間がない。


 朝は運良く約束なしでも受け入れてもらえた上、十分に話すことができ、クォーツもオニキスとの顔合わせに成功、予想以上の結果だった。


 だが今は状況が違う。

 このままではオニキスと話す時間はおろか、万が一に備えての対策を立てる余裕もない。


 もう悩んでいる暇はなかった。


 この状況を冷静に分析したジャニスティはある決断をする。


「あまり、好きではないが」

を通っていくのが、一番近い)


 余程のことがない限り、使用しない道。


 とは、現在あまり使われていない屋敷裏に位置する、中庭のことである。


 約十年もの間、ベルメルシア家で働くジャニスティも、数える程しか通っていない。普段からその場所へ行くのを避けまた、近付いたとしてもあまり良い雰囲気を感じなかった。


(しかし優先すべきは、旦那様への早急なご報告だ)

 今は間に合わせる為に移動時間の短縮はやむを得ないと独り言を呟き、方向転換をする。


 コツ、コツ、コツ――。


 普段はアメジストの後ろ、彼女の速度に合わせるように歩くジャニスティであるが今は歩幅を広く、いつもの倍はあるだろうという速さで進んで行く。


(此処を抜ければ、すぐそこにあったはずだ)


 またどんなに急いでいようと、彼の丁寧で品良く聞こえる靴音は変わらず、心地良い音色のように敷石を鳴らす。


(そろそろ、か?)


 そう思った矢先、中庭の中央部にある大きな木が見えてきた。今日は特に……なぜか? この場所に来るのは気が進まなかったジャニスティであったが「やはり、ここが一番の近道だった」と、微笑する。


 そして気が付くと足元には美しく整えられた芝生が、広がる。深い緑をしたその芝は真ん中まっすぐに作られ彼の目指す入口へ、案内してくれているようだった。


――『……ガタ……ゴソゴソ……』


「んっ?」

(音? 誰かいるのか……)


 大きな木の手前、ジャニスティは何かの気配を感じた。念の為、自分の姿に気付かれぬよう芝の上をゆっくり歩く。


 すると聞こえていた“音”はだんだんとはっきりしてくる。


 聞き覚えのある“声”に彼はとっさに隠れ、警戒を強めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る