第86話 刹那


「うふふ♪ それでね」


 部屋を出てからも小さな声で談笑していた、アメジストとラルミ。その楽しそうに二人並んで歩く様子を通路で出会う屋敷で働く者たちは、不思議そうに見つめていた。


 それからあっという間に食事の部屋へ到着。


 ガチャッ――キィ。


 ゆっくりと開かれた扉の向こうはいつも通り、冷たい雰囲気。その緊張感が張り巡らされた空間の重さにラルミの顔は、一気に強張こわばる。


(幸せな時間ときは刹那……ですね)

「よしっ! 気を引き締めないと」


 心の奥で感じる物悲しさを振り払うように一言、ラルミは小さく呟いた。


 その声に気付いたアメジストは心配そうに彼女を見つめ、言葉をかける。


「ラルミ、大丈夫?」


「えっ? ぅあ、はい! 問題ありません!!」


「そう? 何でも言ってね」

 

 固い表情のまま答えたラルミにアメジストは優しく微笑み、安心感を与える。


「お嬢様……ありがとうございます」

(貴女の笑顔は、今の私たちにとって一筋の光であり、救いなのです) 


 ……ガチャン。

 扉が閉まりアメジストが振り返る。


 それと同時に気付いたお手伝いたちは皆、食事の用意をする手を瞬時に止め、挨拶をする。


「「「アメジストお嬢様、おはようございます」」」


 その綺麗に揃った数人のお手伝いが発した言葉と美しいトーンにアメジストの明るい声が、重なり響く。


「おはようございます、皆さん本日もよろしくお願いします」


 しかしそれは夢のような時間が終わる、合図――。


「ちょっとボーっとしてないで、手伝って」


 昨日アメジストが小さくとも魔法の力に目覚めたことを知らないお手伝いがラルミに、声をかける。


「あっ、申し訳ございません! すぐに」


 その言葉でラルミの身体と心は一瞬にして、いつもの現実へ引っ張られていく。アメジストとの会話で心癒やされポカポカと温かい気持ちだった彼女は急いで、仕事に戻る。


 そしていつもの――憂鬱な気分になっていった。


 カッカッカッ――コツコツ……。


 静かな朝の空気を切り裂くような、足音。


「奥様がいらっしゃったわ」

「早く! 急いで準備を!!」

「皆、並んでっ」


 ガチャッ、バターンッ!!


「「「奥様。おはようござ……」」」


「アメジストは何処!?」


 いつもと違う奥様――スピナの様子に皆、呆然とし立ちすくむ。


「え、あ……奥様」


 ガシッ!!

「うるさい! あの子は何処かって聞いてるのよッ」

「ひぃっ、あの」


 答えようとしたお手伝いに「余計な言葉はいらない」と飛びかかる勢いで叫ぶスピナの声が、部屋中に響き渡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る