第292話 名言
◇
ガチャ、キィー……。
「「「本日もお疲れ様でございます、旦那様」」」
少し遅くなった、夕食時。
長テーブルへと料理を並べ準備を進めるお手伝いたちはベルメルシア家当主の登場に手を止め一斉に、深いお辞儀で挨拶をする。その美しい皆の姿勢とキリっと揃う声にいつもと同じように爽やかな笑顔で応えたオニキスはゆっくりと席へ、歩き出す。
「いつもありがとう。今日も無事、皆とこの時間を迎えられた幸運に感謝を」
オニキスは声に出しベルメルシア家で日々働き過ごす皆へ謝意を、述べる。
それは毎日のことであるが、しかし形式的なものではない。その彼の発する
そして愛娘アメジストにだけ必ず伝え続ける言葉がある。
――『いいかい、アメジスト。一日、一分一秒を、大切に生きよ』
今という瞬間は二度と来ない。
その一瞬一瞬を見落とすなと教え、明言していた。
「お父様、本日もお疲れ様です」
アメジストはいつも通りワンピースの生地を両手で軽く持ち膝を曲げた、丁寧な挨拶で父を出迎える。
「あぁ、いつもありがとう、アメジスト。お前も今日は、特に疲れたであろう。それに――……ん?」
「……お父様、どうか、なさいましたか?」
突然に変化した父の気配を彼女は心配になり、尋ねる。
「いや。スピナの姿が見えないが、どうした」
部屋へ入り数秒間の穏やかな会話後オニキスはふと、気付いたのだ。それはある意味強い存在感を放ちいつも皆の恐怖心を煽っていた人物、スピナの姿がこの場にないことに。
その言葉にフォルも警戒を強めジャニスティへと視線を移す。その得も言われぬ危険を察したような当主の険しい顔は疑問を呈し周囲を、見渡し始めた。
その時――。
「恐れながら旦那様、私からお伝えさせて頂きたく存じます」
絶妙な拍子で話し始めたのはスピナ専属のお手伝い、ノワである。
この広い食事の部屋に視えない細い絹糸が一本、ピンっと張ったように。しかし強く真っ直ぐな声は聞いた者の心へと響き美しく冷淡な声色はその場にいた全員を振り向かせ、視線を釘付けにする。
「あぁ、君か。話を聞こう」
そう答えた当主オニキスがノワを見る瞳はなぜか? 少しだけ優しさを帯びていることに遠くから様子を見ていたジャニスティは、感じ取る。
(あの子からはやはり、不思議と邪心が全く感じられない)
本当に一体、何者なのだろうかとそう彼は心の中で呟いていた。
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