第233話 思案


 その感じた雰囲気通りの言葉がエデの口から、発せられる。


「いえいえ、問題ありません。むしろ旦那様自ら、その場を収めて下さいましたので、どうかお気になさらず」

「……そうか」


「しかしながら本日、服飾の祭典が催されているあの近辺に行くのは、避けた方がよろしいかと」


「エデがそう言うのは、珍しいことだが」

「えぇ、実は。少々気がかりな人物がおりましてな」

「なるほど」


 ジャニスティは恩師でもあるエデの事を心から信頼しまた同種族としてその強さや魔力はもちろんのこと。全ての者へ平等に配慮できる心優しい人格を持つところに、尊敬の念を抱いていた。


 そんな“怖いものなどないのだろう”と思っていた彼から初めて感じ取る恐怖心にも似た、空気。


 エデの心にそこまでの不安要素を与えるような人物とは一体、何者なのか? とジャニスティは自分の右手を顎に添え、ふと考え込む。


「キュあ? お兄様、元気ない? どうしたのですか」

「――んっ、あぁ! いや……何でも」


(うむ、坊ちゃまが気を揉まれるのも、無理はないでしょうな)


 突然、困り顔になった兄を心配そうに見つめ声をかけた妹、クォーツ。するとその二人の会話に気付いたエデは手綱を少し引くと“歩きを遅く”そう馬へ指示を出しゆっくりと祭典での出来事を、話した。


 淡々と詳細を話すエデの声はとても落ち着いている。しかしその内容は『この平和な街を壊す』という極めて悪質なものであった。


「――この街に、まさかそんな悪人が入り込むとは」

「はい、本当に許されぬ行為です。このような人物の侵入があった以上、今後の対策も状況をかんがみ、護り方を検討せねばなりませぬが」


「確かに。なぁ、エデ。その要注意人物とは、私が知る者か?」


 ジャニスティからの問いかけに何かを悩むように十数秒の間が空いた後、エデは静かに答えた。


「お顔は合わせておられないかもしれませぬが、恐らくジャニスティ様もご存知でしょうな」


「ん? それはどういう」

 知っている者だが顔を合わせたことがないというエデの言葉に首を傾げ思案する彼は再び、困り顔になる。その表情にクォーツは瞬時に反応し今度は無言でジャニスティに、抱きついた。


――ぎゅうっ。


「あぁどうしたんだ、クォーツ?」

 それでも黙って巻きつく可愛い妹の美しい髪を撫でていると自然と笑みが零れ影っていた彼の瞳は光を取り戻し優しさに、溢れる。


「お兄様、大丈夫?」

 クォーツが持つその温もりは時に、安らぎをも与えるのだ。

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