第386話 一歩


 コツ、コツーン……。


 書庫に隠された扉を開き段差を上がると一歩、足を踏み入れるジャニスティ。その自分の靴音は高く、鳴るように耳奥へと響いた。ふと辺りを見回すと少し薄暗いだけで悪い気配は感じない。


(大丈夫だ。とにかく、進もう)

 心の中で呟き再度、胸ポケットに入っている懐中時計を取り出し現在の時刻を確認する。


 その眼光はとても、鋭い。


 彼は改めて気を引き締め直し一言、もう一歩、進む。


「失礼致します」


―――“ゆら~……”


「――ッ!?」


 敬意を払う最敬礼と挨拶の言葉を口にした瞬間、一気に通路内は魔力の膜が薄く張るように変化し、視界は揺らぐような錯覚を起こす。


(私の行動に、応えて下さっているのか? それとも――)


 一抹の不安を抱えながらもその心に決めた意志は崩さず真っ直ぐと見つめた視線の先には永く、先の見えない通路。


 コツ、コツーン……。


(以前入った時、こんなにも出口までの距離が遠いと感じただろうか)


 その変わってしまった雰囲気に怖気おじけづくものかと地面にしっかりと足をつける。つま先からかかと……そこから腹部、背中、頭上までと全身をピリッとした電気のような感覚が、走っていった。


「とにかく、此処を越えていかなければ……」

(すべての謎を解く鍵も、解決の糸口さえ、掴めないような気がする)


 乱れかけた心を何とか落ち着けるように小さく息を吸い込みゆっくりと、吐いた。そこからは胸に手を当て自身の中にある邪念や迷いを持たぬよう必死に、思考を整えていく。


「……よし」


 閉じていた瞼に力を入れ、瞬きを一回。ジャニスティは意を決したかのようなかけ声を発し一歩一歩を確実に、歩みを進めていった。


 “コツーン……コツーン、コツーン”


「しかしやはり……」

(此処の雰囲気と、昨夜の会合で初めて行ったあの最地下にある部屋は、感じるもの全てが似ている)


 アメジストが隠し扉内を通ることとなった理由についてふと、考える。


(あの時は、お嬢様をスピナ様から護ろうと。その思いばかりで)


 彼は自分が彼女へ告げた『三つの注意事項』の内容を思い起こした。あの時何の情報も掴んでいなかったため当然の如く、この隠し扉の存在については警戒心を持っていた。


(お嬢様には気を付けるようにと、あのような注意で言ったのだが。まさか此処がベルメルシア家にとって、これほど重要な場所だとは知らず、私は勝手に――)




 必至だった。

 しかし自分の行動は浅はかだったなと、ジャニスティは反省していた。

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