第212話 先生


 そんなベルメルシア家で「茶会が開かれる」と聞けば当然、周囲は驚き違和感を持つ。午前中に連絡を受けた他の先生も含め職員室内では様々な憶測が、囁かれていた。


「貴女が謝ることではありません、アメジストさん。色々と事情があるようですので、無理は言いませんが……何か私に出来ることはないかしら?」


「――ッ!?」


 先生からの予想だにしない言葉にアメジストはキラリと潤んでしまった大きな瞳で先生と目を合わせ思わず、泣きそうになる。しかし「甘えてはダメ!」と自身の心から響く声がしてきた。そして悟られないよう咄嗟に満面の笑みで、答える。


「ありがとうございます! でも、大丈夫です!」

(先生に、ご迷惑はかけられない)


 アメジストの微かに震えた声色に気付きしばらく表情を見ていた先生は一口、紅茶を口に運ぶ。


 それから何かを思案するようにゆっくりと閉じた瞼は、まばたきをひとつ。手に持っていたカップの中で揺れる美しい紅茶に視線を移すと静かに、ソーサーへカップを戻した。


「そうですか……貴女がそう仰るのでしたら――」

(この子が抱える問題は、深そうね)


 そう感じた先生は少し困り顔でアメジストへ返事をすると「冷めないうちに紅茶を」と、声をかけた。


 それからおもむろに立ち上がった先生は窓際へ向かい少しだけ、開ける。


 ふわっぁあ~。


「気持ちの良い、風ですね」

 自然と笑みがこぼれたアメジスト。素敵な友達、優しい先生、そして美味しい紅茶に彼女の心身は開放感に、満たされていった。


「アメジストさん。これは余談ですが、おばあちゃんの独り言だと思って、聞いて下さるかしら?」

「そんな先生、独り言だなんて! ぜひ、聞かせて下さい」

「うっふふ。本当に似てるわ」

「……?」


 その言葉に首を傾げるアメジストだがその和やかな空気のままで先生は再度、話し始める。


「私はこの学校で一番長く勤めています。そうねぇ、かれこれ五十年近く」

「そうなのですね。ではこれまで、たくさんの生徒さんをご指導なさって」


「えぇ。教え子たちの顔は皆、覚えています。もちろん、貴女のお母様である――ベリルさんも」


「えっ、あッ!!」

 もう会えない、写真の中でしか見たことのない美しい母を知る人に会えた。

 それだけでアメジストの顔は、ぱぁっと明るくなる。

 

「そして今、貴女の家にいる“ルシェソール=スピナ”さんの事も」

「ルシェ……?」

「お茶会の連絡をくれた、今のお継母様です」


 その言葉にフッと、笑みが消えた。

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