第120話 慧眼


 角を曲がり客間の部屋が見えてくる。その入口扉、十歩前程に差し掛かったところでオニキスと執事のフォルは、足を止める。


 ガサッ――。


 用心深いオニキスへ軽くお辞儀をし一枚のメモ紙を静かに渡す、フォル。片手で開きその内容を読んだオニキスはゆっくりと瞬きをし「フッ」と、微笑。


 そして、一言。

「さすがだ、抜かりない」


 これがいつもの流れであり二人の最終、打ち合わせであった。


 ふと、フォルは辺りに意識を向ける。先程のスピナが取ったいつもと違う行動に違和感を覚えていたからだ。

 二、三秒間の集中で彼女の存在が近くにいなくなったことを確認すると会談相手について、話し始めた。


「いえ、恐れ入ります。しかし、旦那様……今回の開拓依頼の案件。新規ではありますが。少々、気になることが」


 長年ベルメルシア家を支えてきたフォルの鑑識眼は、かなりの眼力である。その彼がオニキスへと強く、注意を促す。


「うむ、言ってくれ。現時点での意見を聞きたい」


 少しだけ曇るフォルの表情にオニキスの視線も、鋭い。時間もあまりない中で二人は、話を続けた。


「お時間頂き、ありがとうございます。では簡潔に――本日の交渉相手、カオメド様ですが。今や隣町以外でも名を知らぬ者はいない、有能な腕利きと伺っております」


「そう、私の耳にも入っているが。他にあるのか?」

「はい、その裏では『若き権力者』とも――」


「権力……か。あまり、好きではない言葉だ」


(カオメド氏の事は私も注目していたが。ここ一年、いや。半年程で急成長を遂げている商社)


――しかし、やはりフォルも。不穏な動きを感じているのか。


「失礼を承知で申し上げます。オニキス様、此度こたびの話。私はあまり賛成ではありません」


「あぁ、重々理解している。まずは会談してみて……か」


 険しい顔へと変化したオニキスに気付いたフォルは謝罪で話を、締め括る。


「差し出がましいことを申しまして、誠に申し訳ございません。お許しを」

「何を言う、君にはいつも心から感謝している。その上で思うのだが……」


 フォルが微妙に変化をさせる声のトーンと言葉は深く、深い――心奥へと呼びかけていく。その声にハッと我に返るオニキスはいつもの涼しい顔に、戻った。


 確認するようにもう一度見返したメモ紙を胸の内ポケットに入れるとオニキスは、小さく呟く。


「スピナの同席がなくて、正解だった」

(自分を信じるのだ)


 この瞬間ベルメルシア家の主として――ある決意を固めたのである。

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