第229話 一息


「ふぅ、このように休むような時間は、普段あまりないのだがねぇ」


 オニキスとフォルを屋敷まで送ったエデは馬車の点検を済ませると腕に付けた時計を、確認する。それからふと空を見上げ笑み、独り言をいう。


 裏口に真っ直ぐとそびえ立つ木から聞こえてくるのはサワサワと葉の揺れ動く音、それは音色のようで。ピチチッと枝にとまる鳥の声、それはまるで歌声のように聴こえてくる。


「なんとも、穏やかな昼下がりだ」


 この日は服飾の祭典の件で時間の予定が変わったためアメジストを迎えに行くまでの間エデにも空き時間が、できたのであった。


「さて、困ったな。このまま何もせずにいるわけには、なぁ?」


 そう笑いながら今日も元気に頑張って走る馬へ感謝の気持ちを込めたてがみや背中を撫でると、言葉をかけ労う。


『ブルッル、ヒヒィ―ン!! ブルッ』

「はは、そうかそうか。喜んでくれて、私も嬉しいよ」


 その時、心地良い風がエデの頬に触れるように吹いてゆく。それは優しく耳から身体の奥まで伝わり葉と鳥の音色とも調和する、音楽のように。


「――あの子を、今後どうすれば守ってあげられるか」


 何故かふと彼の頭をぎったのは謎多きレヴシャルメ種族である、クォーツの事であった。


 ふわぁぁぁ――……ッ!


「ん、この風」

(亡き奥様のお心を、感じたような気が)


「エデのおじちゃまぁぁ!!」

「こ、こらっ! クォーツ、ダメだぞ」


「んきゃあぅっはぁ~!!」

「おぅお~っと? これはこれは、小さなお姫様ではありませぬか」


 突然エデの背中に飛びついてきた可愛らしい声の主は今まさに彼が考えていた人物――クォーツだ。


「すまない。相手によると思うのだが、まさかエデにいきなり飛びつくとは……さすがに私もまだ、この子の行動予測が出来ずに困っている」


 眉を下げ困惑気味に謝るのは保護者であり“兄”でもある、ジャニスティだ。


「なぁに、ご心配なさらず。しかし、坊ちゃま? なんというお顔をなさるのか。一日で、随分と表情豊かになられたものですな」


「な……! コホッ。坊ちゃまはやめてくれ」


「うみゅあ?」

 エデからすぐにお姫様抱っこをされたクォーツは笑みをこぼし話す彼を見て「坊ちゃまって?」と言わんばかりに、不思議そうな顔をしていた。



(さて、あの風は何やら意味がありますかな――)

 不思議な感覚に包まれたエデの、心安らぐ時間。


 明確には分らなかったが研ぎ澄まされた彼の精神にはこれから何か大きな事象が起こる可能性を、ひらめかせていた。

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