第112話 憾心


「……くっ」

(一体、何を考えているのだ!?)


 その変化に気付かぬジャニスティではない。彼は力いっぱいに右手の拳を握り締め、グッと抑えるように左手で自身の右手首を掴む。それは今オニキスの動きを優先するべきだと考え感情を出さぬよう、耐えるためであった。


 ギギギ……。


「痛ッ!」

「ねぇ~え? お茶会、したいわよねぇ?」

 笑いながら、圧力をかけるようにスピナはアメジストの肩を強く、握った。


「お、お母様……力が……痛いです」

 小さな声で痛みを訴える、アメジスト。が、しかしスピナはその手を緩めることはない。


「え、何? このスピナ様がお前に触れてあげているのですよ? 幸せに思うことね」


 周りに聞こえぬ小さな声で放つ、抑圧の言葉。

 あまりにも身勝手な言い分でさらに強すぎる力で肩に乗る、その手。


 しかし今やアメジストは、昨日までの彼女ではなかった。後ろを振り返りその凍るような瞳と、目を合わせる。これまでにない彼女の行動にスピナは少しだけ眉をしかめ無意識に、目を逸らした。


(な、何? この子がこんな風に私を見るなんて……鬱陶うっとうしい)


 その一瞬、アメジストの脳裏にぎった、記憶。それは幼い頃からずっと、毎日のようにアメジストが継母スピナから言われ続けてきた、あの言葉。


――『分かっているの? アメジスト。親の言う事は絶対ですのよ』


(そんなことはない。自分が正しいと思うことを、伝えないと!)


“素直に従うだけ”の、怯えた娘ではない。今、アメジストの心はまるで、違っていた。


「お母様……もう、こんな風に心傷つけ合うことは――」


 その温かで柔らかい手をスピナの冷たい手に乗せるアメジストは、自分の体から手を離すことを、要求する。


(私は……今の私には!)

――守るべき方たちが、いるの。だから!!


「やめましょう。私は皆の、の笑顔が、見たいのです」


 バッ――!!


「なっ、何するの! 何なのよ!?」


 肩から離される強い手。アメジストに対して初めてスピナは驚きと、ひるむ態勢を取った。それは恐れではなく胸を熱くする感情――忘れてしまっていた、感情。しかしその後にスピナを襲ってくるのは自身のうらむ心が創り出す、暗闇。


 ただただ浮かんでくるのは忘れようとしていた思い出と“自責の念”。


「もう全てが……遅いのよ」

 ふと漏れ出たスピナの、声。


「えっ……」

(お母様?)


 アメジストはその言葉にハッと気付き驚くと自然に椅子から立ち上がり、桃紫色の宝石のような瞳で見つめた。

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