第157話 親身


 その沈黙の中で彼の頭に浮かぶ記憶は昔「こんな世界もう関係ない。どうでもいい」と“終幕村”で低劣とも言える生活を送り、命の灯が消えることだけを待ち望んでいた、自分の姿ジャニー


 しかし今は「守るべき者」のため心奥で感じることは以前とはまるで別人のように違う、自分の姿ジャニスティ


(後悔はない、あの場所で生きた時間が無駄であったとは決して思わない)


 どんな過去も自分が生きてきた証であり大切なのは現在、そう心に刻み再度、エデの背中を見つめる。


――誰であろうともう、傷付くのを見たくはない。


 自分の苦しみなど足元にも及ばぬ苦悩を長い間かけて解決させ、乗り越えてきた同種族のエデ――そして妻であるマリーは出会った日から優しく、厳しく親身になり、家族のいないジャニスティにとって両親のようであった。


「ジャニス坊ちゃま、少し速度を上げますので。お気を付け下さい」


 その声にハッと我に返るジャニスティはあの夜、オニキスから声をかけられ立ち直りそして今に至るまで何があろうとエデは、心身共に支えてくれていたのだと改めて思う。


「いつも……負荷をかけてすまない、エデ」

「何をおっしゃいますか! 長年務める私の役目でございます」

「いや、いつまでも面倒をかけているから」

「フフ、悩まれる程のことはありません。貴方がずっと元気に、そして幸せであれば――それがの生きる意味となります」


 案ずるなかれと笑うエデの言葉は彼の沈んだ心に優しさと温もりを与え、じわっと沁み入る。


「――エデ、ありがとう」

(感謝をしても、しきれない)


 それからすぐに「行きますよ」と合図があり手綱を持つエデの手には、力が入る。もちろんいつも以上に安全を心掛け急ぎ、馬車を走らせていく。


 パカパカッ、パカパカッ――。


 早まる足音。とはいえ寝ているクォーツを起こしてはいけないと細心の注意を払い運転するエデの技術はやはり、信頼できる。その一緒に走る馬の機嫌をうかがい優しく笑み話しかける光景には、目を見張るものがあった。


「ジャニスティ様、もうすぐ御屋敷へ到着します」

「ありがとう。すまない、裏へ回ってくれないか? 皆の目を避けたい」

「承知しました」


 屋敷の裏側、ジャニスティの部屋へ一番近い入口となる場所で馬車をとめたエデは周囲に誰もいないことを確認する。


 そして馬車から降りたジャニスティと一言、二言。先程と同じ、暗号のような言葉を使い打ち合わせをするとクォーツを起こさぬよう抱き上げ、歩き出した。

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