第60話 魔法


「しかしわたくしには、ベリルお母様のような力は……」


 突如起こった出来事に喜ぶ半面アメジストの心は今、ある矛盾に苦しんでいた。それは普段気にしないよう努めてきたがしかしずっと、悩んできたこと。


――私はどうしてなのか? 魔力が感じられず、魔法も使えないの。



 アメジストを産んですぐにこの世を去った実母、ベリル。もちろん会った事はないが父からたくさんの思い出を、愛の溢れる話を聞いていた。いつも忙しく屋敷にいる時間が少ないオニキスが溺愛する娘アメジストへ、生前のベリルの姿を語る時はいつも、時間を惜しまず事細かに話すのである。


 父の話す一時ひとときはまるで家族三人、一緒に過去ときを過ごしているような感覚に陥り亡き母が此処にいると、錯覚するほどであった。その中で知った母ベリルのちから――ジャニスティと同じ治癒回復を完璧にこなす魔法の使い手だった話、ベルメルシア家の屋敷で働く者たちだけでなく、街でも愛され信頼も厚く、その力はとても必要とされる存在だったという事。


 アメジストはその偉大なる母が持っていた大事な力を受け継ぐ能力が、自分には無いのではないかと心の中で自身を、責め続けてきたのである。



「いいえ、お嬢様。お気付きになられませんか?! この私へ差し伸べて下さっている美しい手のひらから、熱く強く伝わってくる“力”を!!」


「ち……から? わたくしの手?」


「えぇ、そうです! 私は今、アメジストお嬢様の温かな手から、癒しの力を与えて頂き、こうして心の安寧あんねいを得たのです!!」


――ざわっ!!


 その瞬間、皆がどよめく。アメジスト自身、驚きの表情を隠せずにいた。それも無理のない話で物心ついた頃からひしひしと感じてきた周りの視線、そして密かに取り沙汰されていた「無能力」と心に深く痛く突き刺さった、言葉。


 あれだけ悩んできた、無力な自分。それなのに何故、今? 眠っていた魔法能力が、開花したのだろうか。


(私にも、魔力が?)

 ずっと望んできたはずの力。しかしそれは彼女の心に新たなる不安の種を、落とす。


 そんな彼女の気持ちを察し、抱き締め言葉をかける人物。


「アメジスト、いいかい? お前をベリルの代わりになどと、誰も思っていない、そして願ってなどいない。自分の信じるように生きなさい。今此処にいる皆も、そう考えているであろう。たとえどのような道を選び進んだとしても、何があっても――皆、お前の味方だよ」


 それはアメジストの優しき父、ベルメルシア=オニキスであった。

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