第83話 幕間 二人は友達 前編



「森下君? 悪いのだけれど、今日は貴方のお弁当は作ってきていないわ」


 そんな事を先輩が口にしたのは登校途中のことだった。

 まあ、先輩は寝起きが悪いらしく、ちょいちょいお弁当がないことはある。

 そんなこんなで教室に着いた俺は、隣の席のレーラに声をかけた。


「なあ、レーラ? お前は今日は昼飯は?」


「ああ、今日はアンタと学食が食べないから」


 阿倍野先輩のお弁当が無い日はレーラと飯を食いにいくことにしてんだが、それも断られた。

 まあ、たまには購買でパンでも買うか……と、考えていたところで、担任の先生であるところのセラフィーナが、ガラガラと引き戸を開けて入室してきたのだった。





 そして、昼休み。

 中庭のベンチで一人でカツサンドを食べていたところで、俺は衝撃の光景を目の当たりにして息を呑んだ。

 阿倍野先輩とレーラが二人でベンチに腰掛けて、今まさに……ランチタイムを始めようとしていたのだ。

 ちなみに向こうは俺に気づいていない。


「ふふ、これ……お弁当よ」

 

 阿倍野先輩からレーラがお弁当を受けとり、レーラは阿倍野先輩にサンドイッチの包みを渡した。


「へへ、これ……サンドイッチよ」


 二人はそれぞれが作ってきたと思わしき食べ物の交換を終えると、恍惚の笑みを浮かべた。


「でも、私達……本当に友達なってしまったのね」


「うん。私達……トモダチじゃん」


「こう言ってしまうのも変なのだけれど……リンフォードがいてよかったと思うわ」


「どうして?」


「あの金髪ロンゲのおかげで私達は……友達になれたのだから」


 ああ、俺の知らないところでリンフォードの件で二人には色々あったのね。


 そこでレーラはバシバシと阿倍野先輩の肩を叩き始めた。


「それ! それよ!」


「どういうことなのかしら?」


「私もずっと……そう思ってたの。息もピッタリだし、同じこと考えてるし、やっぱり私達って最高のトモダチじゃん?」


「ええ、そうね」


「ねえ、輝夜にゃん?」


 輝夜にゃん……だとっ!?


「何かしら――レーラぴょん?」


 レーラぴょんっ!!?


 二人は頬を紅潮させながら、照れくさそうに見詰め合っている。


 いかん――



 ――どこからツッコミを入れていいかサッパリわかんねえ。



 そうして、レーラは阿倍野先輩の作ったカラアゲを口に運びながら言った。


「私達――これからもトモダチ……だよ?」


 コクリと阿倍野先輩は頷いた。


「ええ、私達は――ずっトモ……よ」

 

 ずっトモっ!?


 とうとう、そこで俺はベンチに座っているというのにコケてしまった。


 起き上がり、二人にツッコミを入れようかと思ったが……と、そこで俺は軽く溜息をついて首を左右に振った。


 まあ、二人とも友達がいなかったし、そういう関係に憧れがあったんだろう。

 で、色々あって現状に至る……と。

 恋に恋するって話じゃねーけど、友人に憧れる感じか。


「楽しみだねー。輝夜にゃん」


「ええ。次の日曜日――二人でショッピングだものね」


「へへへー」


「うふふ……」


 見詰め合って笑いあう二人がかなり気持ち悪いが、まあ……仲良くする分には問題は無い。

 と、そんなこんなで俺はカツサンドを食べ終えて中庭を後にしたのだった。






「ちょっと聞いてよ! どーーーーなってんのよ阿倍野輝夜はっ!?」

 

 月曜日。

 登校してきて早々にレーラは俺に食いかかってきた。


「どうしたんだよ?」


「私達、色々あって友達になったんだけどさ」


 知ってるよ、と言おうとしたがややこしくなりそうなので辞めておく。


「で?」


「あの女……女二人のショッピングのランチにラーメン五郎をチョイスしたのよっ!? マジで信じられないっ!」


「マジでかっ!」


 どうやら、阿倍野先輩がやらかした系だな。


 と、そこで教室に阿倍野先輩が入ってきて、一直線に俺の席に向かってきた。


「ちょっと森下君? レーラ=サカグチのことなのだけれど、どうなっているのあの女!?」


 と、そこで阿倍野先輩とレーラが互いの存在に気づいて、睨み合いを始めた。


「アンタにだけはどうなっているとか言われたくないんだけど?」


「それはこっちの台詞だわ。ラーメン五郎でニンニクを入れないなんて……意味不明を通り越して五郎に対する冒涜よっ!」


 それってキレるとこかっ!?

 完全にそれはアンタの主観だろう。

 別にニンニク入れなくても十分あの店美味いだろうし。


「っていうか、アンタは何故にニンニクをマシちゃうのよ!?」


「私はあの店ではニンニクはマシって決めているのよ」


 ってか、阿倍野先輩は、前はマシマシの更に上の領域であるチョモランマというオーダーだったが……まあ、一応はあれ以来気を使っているのか。


「ってか、アンタ……分かってて言ってるわよねっ!?」


「どういうことかしら?」


「刺激物は私は無理なのよっ!」


「と、言うと?」


 ワナワナと肩を震わせてレーラは言った。



「私はイボ痔なのよっ!」



 そういやそうだったな!

 確かにそれじゃあ生のキザミニンニクはキツイだろう。


「ってか、女子高校生二人のランチでラーメン五郎はマジでありえなくない? 私は――代官山のお洒落カフェでランチを食べて、お洒落な店で買い物をしたりする普通のショッピングが良いの!」


「代官山? 今……貴方……代官山って言った?」


 その言葉で阿倍野先輩はコメカミに幾筋も青筋を浮かべる。


「どうしたの阿倍野輝夜?」


「姉――親族を思い出すからその単語を出すのは辞めて頂戴。いつもアレは口を開けば代官山代官山代官山……ムシズが走るわ」


 まあ、この人色々家族とはあったからな。

 ここで嫌悪感が出るのは分からんでもない。


「まあ、代官山は良いとして、私は友達とお洒落なカフェで恋話(コイバナ)とかしたい訳よ」


「それは私もやぶさかではないわね」


「おい、お前らが……恋話(コイバナ)……だって? 恋愛とか興味なさそうなお前等が?」


「え?」「……え?」


 二人が頬を赤く染めて、照れくさそうに俺に熱っぽい視線を向けてきた。

 ってか……と俺はそこで気づいた。

 普段の感じからすると確かに恋愛とかに興味なさそうだが……キッチリと俺は二人から気持ちを伝えられてるじゃん……と。

 これは失言だった。


「あ、いや、今の発言はナシっ! 恋話については忘れてくれっ!」


 危ない。

 もう少しで地雷を踏み抜くところだった。

 と、そんなこんなで二人ともバツが悪そうな顔をして、仕切りなおしとばかりに首を左右に振った。


「じゃあ、アンタはどんなショッピングが良いのよ? ラーメン五郎以外ではどんなランチが良いのよっ!?」


 半切れになりながら、阿倍野先輩はヤケクソ気味に叫んだ。


「秋葉原のメイドカフェでランチを食べて、そのまま同人誌専門店でショッピングよっ!」


 ゲーマーとは知っていたが、この人……割とマジでオタ系らしい。

 その言葉を受けて、レーラは絶句している。

 代官山に憧れる女子高生に対し、ちょっとこの発言はショッキングだったらしいな。

 レーラはしばらく口をパクパクとさせる。

 そして、阿倍野先輩に負けじとレーラは大声で叫んだ。

 

「いや、それは私も行きたいけれどもっ!」


 行きたいんかいっ!

 ああ、そういやこいつもラノベ読んでるとか言ってたっけ。


「じゃっ、じゃっ、じゃあ秋葉原は禁止っ! で、それ以外だったらどんなのが良いのよっ!?」


「ヤキトン屋さんで――コーラを飲みながらホルモンに舌鼓を打ちたいわ」


 どこのオッサンなんだよっ! 

 もう何でもありだなコイツっ!

 ってか、品行方正な令嬢設定はどこに消えたんだよっ!?


「ホ、ホ、ホルモンっ!? ランチで串ホルモン食べちゃうのっ!?」


 この発言には正真正銘にレーラも引いたらしい。


「ともかく! 私はもうアンタなんかとは友達はやってられないのっ!」





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