第18話 異世界式レベリングの結果

 ――九尾の狐


 美女に化け、人心を惑わし、幾つもの王朝や王族を滅亡へと導いた妖魔だ。

 太古より存在する大妖であり、古代中国では殷の妲己……日本では鳥羽上皇に仕えた玉藻前として知られる。退魔の世界では知らない者がいない大物となる。


 麒麟や四聖獣のような神獣や霊獣との伝承もあり、その力は神にも等しきものとされる。

 平安時代に玉藻前という絶世の美女を名乗った際に、私の遠い親戚筋である陰陽師である安倍泰成に招待を見抜かれ、当時の京中の有力退魔師との死闘の挙句にようやく封神へと至った。


 それ以降は私の先祖代々が霊的に治める土地で安置されることになる。

 そして、厄介な事におおよそ200年に一度、封神の結界が弱まるのだ。

 その際に催事で神を鎮めることになるのだが……ご機嫌を取る為に巫女を生贄に捧げるという作業が必須になってくる。


 ――それが古来からの習わしであり、それこそが私達――阿倍野家の役割なのだ。



 

 今回の生贄の候補は私とお姉さま、そして従妹達3名の総勢5人。

 九尾の復活の瘴気に惹かれた大量の下級妖魔を討滅する傍ら、生贄の選定試験を行っているのが現状だ。

 ルールは非常に簡単で討伐数が最下位だった者が九尾に捧げられ、生きたままに食われることになる。




 ――そして時刻は夕暮れ。


 私たちは夜の街に出陣する前に恒例の準備作業を行っていた。

 まずは正装である巫女服に袖を通す。

 刀、薙刀、弓――それぞれの得物の手入れに始まる。


 そうして、武術の基本動作の型の演武を行い、最後に符術の基礎の確認をするのだ。

 私は阿倍野家の広大な庭に並ぶ、符術の訓練用の攻撃対象である半径1メートルの的に視線を向ける。


 符術と言うのは魔術の一種であり、高度に精神に依存する術式だ。

 当然、その日の精神のコンディションによって微細なコントロールの調整が必要になってくる。


 出陣の前に的に向けて攻撃系の符術を行使し、微調整の状況を確認しておかないと実戦で予期せぬしっぺ返しを食う訳だ。

 

 

 と、そんなこんなで私が20メートル先の的に向けて札を投げようとしていたところで―― 

 キャバ嬢っぽい見た目の茶髪で、縦巻きロール風の派手な髪型の……結衣さんが声をかけてきた。


 ちなみに、年齢で言うと5歳年上の大学生の従妹だ。

 自分で言うのもアレだが、私の家系は美形が多い。

 結衣さんも当然美人なのだが、目が吊り上がっていて若干キツい目の印象を受ける。 


「ふふ……ねえねえ輝夜さん? どういうご気分でしょうか?」


「……?」


「九尾の狐に捧げられるって……どういうご気分でしょうかと聞いているのですが?」


 確かに私の妖魔の討伐数は現在最下位だ。

 大体、一晩に狩れる数は20が良いところで、今現在私は4位の結衣さんに30体の差をつけられている。


 生贄の選別作業は残り4回となっていて、ここらで一気にまくっていかなければ大変な事になる。


「まだ……勝負は決まっていないわ」


 ニタリと結衣さんは笑った。


「血統的にも才能的にも輝夜さんは……他の4人に劣ってはいませんですね。しかし、唯一の10代……やはり経験差が出てしまっておりますわ。それはもう埋めがたい絶望的な差ですわね」


「だから、勝負はまだ決まっていないわ」


 結衣さんは懐から札を取り出して、20メートル先の的に放り投げた。

 1メートルの的の中心部で炎符による爆発が起きる。

 的の真ん中から半径70センチ程度に大穴が開いた。


「これが5年の差ですわよ。以前……輝夜さんの炎符を見させてもらいましたがせいぜいが半径50センチといったところでしたわね。既に選抜試験は折り返し地点でしてよ? そして貴方はダントツで最下位ですのよ? 地力の差があるのは自分でも分かっているでしょうに」


「……」


 押し黙る私を見て、ニヤニヤとしながら結衣さんは言葉を続ける。


「いやー、本当に良かったですわ。九尾の復活を聞いた時は正直ヒヤヒヤでしたが……本当に良かった」


「良かったとは?」


「ええ――輝夜さんが無能で本当に良かった。だってワタクシ……生きたまま食われるなんて嫌ですもの」


 クスクスと笑いながら結衣さんはポンポンと私の肩を2回叩いた。


「突然ですが輝夜さんは処女でして?」


「……ええ、そうよ」


「ちなみに、生きたまま食われるのは最後の最後で……伝承によると……食われる前に相当に嬲られるらしいですわね」


「嬲ら……れる?」


「九尾が召喚した……発情した小鬼の群れに三日三晩散々に犯されて、そして生きたまま皮を剥がれて骨を砕かれて……それからようやく食われるんですって」


 確かにそういう文献は読んだことがある。

 九尾の狐は神社の社の狭い空間に閉じ込められていて……エンターテイメントに飢えているとのことだ。

 そこに好きにしても良いオモチャを放り込まれるのだから、そういうことも当然に有り得る。


「いやー……本当に輝夜さんが無能で良かったですわ」


「……」


「まあ、しつこいようですが……年齢が逆であれば立場が逆だったかもしれませんわね」


 扇子を取り出し、そして結衣さんはパタパタと優雅に扇ぎ始めた。


「でも、ざーんねんっ☆ 貴方は17歳で私たちはみんな20歳を超えておりますの。この年代での数年の経験差は絶望的でしてよ?」


「……」


「しかし、17歳で処女というのもマジでウケますわね。身持ちが硬すぎると言うか何というか……ウブなのですわね。本当に笑っちゃいますわよ。しかも小鬼に処女を散らされると言うオマケつき……」


「……」


 そこで結衣さんは堪えきれないと言う風にクスクスと笑い始めた。


「ウフフ……クフフ……っ! キャハッ……! キャハハっ!」 


 すぐに彼女はウフフと口元を扇子で隠した。


「私としたことがお下品に声を立てて笑ってしまいましたわ。しかし、いやー、良かった……たった数年だけ母親の子宮から飛び出してくるのが早いか遅いかで……この境遇の違いですものね」


「……」


「本当に貴方も数年もすれば……ワタクシのように的に大穴を開ける技量を身に着けることもできていたでしょうにね。残念ですわね……悔しいですわよね? でもこれが現実でしてよ。貴方は処女を散らされて拷問を受けて……食われて死んでいくのでございますわ。でも、ご安心なさい? ワタクシが……輝夜さんの代わりにたっぷりと人生を謳歌してあげますから」


 それだけ言うと結衣さんは庭に設置されている休憩所へと戻っていった。

 小さなガラス張りの小屋で、彼女はニタニタとした表情で私を見つめ、椅子に座りながら優雅にコーヒーをすすり始めた。


「……」


 私は札を握りしめ、的に向かって札を投げて炎符術を行使した。


 レベルアップのスキルポイントは森下君の勧めの通りに、ほとんどを索敵に振り分けた。

 そして私はそれだけでなく、実はスキルポイントを符術のスキルにも少し振り分けていたのだ。

 ステータス的に魔力は1.5倍になって、符術のスキルレベルも3から4にアップしている。



 ――結果として1メートルの的は木端微塵に跡形もなく吹き飛ぶことになった。



 予想通りの結果に私は満足げに頷いた。

 良し、これなら……と、私は拳をギュっと握りしめた。

 そうして、私は結衣さんに視線を向ける。



 ニタニタしながら一部始終を見ていた彼女は――



 ――飲んでたコーヒーを盛大に噴き出していた。





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