第114話お兄ちゃん その1

 これで無理なら、もうどうしようもない。


 そうして、爆発が晴れて――




 ――卑弥呼の姿が跡形もなく消失していたところで、私たちは安堵のため息をついた。






「やったわね」


「ええ――流石に疲れたけれどね」


 顔をしかめながらも阿倍野輝夜は微笑を浮かべた。


 と、そこで何ともいえない表情で魔法少女――森下妹が私たちにペコリと頭を下げてきた。


「あの……ありが……と……う……私のこと、助けてくれたんだよね?」


 その言葉で私と阿倍野輝夜は苦笑しながら首を左右に振った。


「助けられたのは私たちのほうなんだよ。真理亜ちゃん」


「脇固め――見事だったわ。私たちだけじゃあそこで終わっていたわ。それにね……妹ちゃん?」


「……何?」


「お礼は要らないのよ。私たちは貴方のお兄ちゃんに返せない借りがあるのだから」


「お兄ちゃんが? さっきも聞こうと思ったんだけど――お兄ちゃんって一体――」


 と、そこで周囲に――本日何度目か分からない圧倒的な霊圧が走った。


「ちょっと阿倍野輝夜っ!?」


「分かってるわ! 撤退……って言っても逃げる場所が――とにかく、全員……この場から非難っ! 流石にこれは作戦……そんなモノではではどうしようもないわっ!」


 退避しようとする私の背後に、防御術式を応用した障壁が現れる。

 それは残りの二人も同じようで――見たところ、半径15メートル程度の空間内に限定的に封鎖術式が展開しているらしい。


「……レーラ=サカグチ?」


 涙目になった阿倍野輝夜に、私は首を左右に振って応じた。


「涙目は本当に辞めて。アンタが泣きそうになるって……それってマジでどうしようもないっていう証拠だから」


 私たちの視線の先には熊のマスコット人形が1メートル程度の中空に浮いていた。

 ただし、可愛らしい見た目からは信じられない――先ほどの卑弥呼と比べるべくもない霊圧を携えて。


「ドーミン……?」


 森下妹がそう呟いた後、ポフポフと気の抜けた拍手の音が聞こえてきた。


「ははっ! 多少イレギュラーだったけど、卑弥呼の討伐――おめでとうモキュっ! と、いうことでこれからもたくさんのお仕事をお願いすることになるからっ!」


 ドーミンと呼ばれたマスコットは嬉しそうに拍手を続けながら何度も頷いた。


「……どういうこと? ドーミン? 卑弥呼を倒せば終わりじゃ……無かったの?」


「うん。今回(・・)のシステムこれで終わりだよ」


 何が起きているのか全く把握できていない表情で森下妹は呆然と呟いた。


「今……回……?」


 いや、まあ、私もこのマスコットが何言ってるかサッパリ分かんないんだけどね。


「そうだモキュ。マリアちゃん? 特異点の発生は卑弥呼に対する極上の餌を届けること。そしてもうひとつの目的は……?」


「システムのリセット?」


「そのとおりだモキュ。システムのリセット化が目的でもあるんだモキュ。まあ、パソコンの初期化みたいなものだね。長い間システムを運用する場合は至る所に魔術回路的なゴミや小さな不具合がたまっていくんだモキュ」


「……だから?」


「卑弥呼もね、システムの一部なんだモキュ。だから、たまにはリニューアルをしなくちゃならない。そしてリニューアルする場合は……パソコンでもそうなんだけれど、スペックアップは必要だよね? でも、卑弥呼のクローンよりも強力な力を持った魔法少女は今まで現れなかった。まあ、そういう事情だモキュ」


 そこで私の頬から嫌な汗が一筋――アゴ先に流れていく。

 これは……どこまで蜘蛛の糸みたいな……趣味の悪いシステムなのかと。

 森下妹もまた、そのことに気づいたように絶句した表情でマスコット人形に尋ねる。


「……卑弥呼を討伐した場合、与えられるのは……システムの破壊じゃなくて……ひょっとして……?」


「そうだモキュ。システムの核の代替わりだモキュっ! 素晴らしいよマリアちゃん! キミは新しいシステムの核に選ばれたんだっ!」


 森下妹は、ワナワナと肩を震わせ初めてその場で崩れ落ちた。

 彼女もまた、彼我の力量差を理解しているのだろう。

 正直、竹槍で戦車に立ち向かえといわれも……土台が無理ゲーだ。

 そういう戦力差が、私たちとこのマスコット人形には存在する。


 ――だから、抗うことは不可能。


「はは……そんなの……酷くない? ここで終わりだと思って……フルバースト使ったんだよ? で、今度は……私に死神の片棒を担げっ……て?」


 晒され続けた理不尽の最後に、希望を見たその瞬間に――待っていたのは結局理不尽。

 彼女は崩れ落ち、肩を小さくして泣き震え始めた。


「大丈夫だモキュ。キミの意識はすぐに無くなるさ。キミの五体を新しいシステムの核として使うだけだからね。でも、まあ……特異点発生時は意識は戻るよ。その時だけは意識がハッキリしたままで、その時代の最強の魔法少女の心臓と脳を生のまま食らうことになる。まあ、体はリモートコントロール状態だからお気楽な仕事さ」


 そこで、森下妹は沸きあがる嘔吐感を堪えるように口に手をやった。


「――ひとつ尋ねるわ」


 と、そこで阿倍野輝夜が凛とした表情でマスコット人形に尋ねる。


「何だモキュ? 阿倍野の小娘?」


「1000年以上前、どうして貴方はこのシステムを構築したの――蘆屋道満?」

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