第115話お兄ちゃん その2

「――ひとつ尋ねるわ」


 阿倍野輝夜が凛とした表情でマスコット人形に尋ねる。


「何だモキュ? 安部の小娘?」


「1000年以上前、どうして貴方はこのシステムを構築したの――蘆屋道満?」


 ほう、とそこでドーミンと呼ばれたマスコットはその場に固まった。


「良く……そこまで気づけたね」


「ここまでお膳立てがあって、気づけないというほうが無理じゃない? ねえ? レーラ=サカグチ?」


 すまし顔で「だよね?」的に阿倍野輝夜が私に軽く頷いてきた。

 そりゃあそうだよね的に……私もすまし顔で不敵な笑みとともに大きく頷いたが――ぶっちゃけ、内心は


「ええええええっ!?」的な感じだ。


 ってか、どうすりゃ気づけるってのよ。

 いや、でも、まあ……ドーミンとかシステムの進行役とか……言われてみりゃあそりゃそうか。

 っつーか、そんだけ頭が良いなら大局的な視点でヌケてるところ……マジで改善しなさいよね。


「まあ、バレてしまったのなら擬態を解いておくモキュっ!」


 と、そこで一面が白色に包まれ、気がつけば陰陽師っぽい格好の肥えた中年男性っぽい男が立っていた。

 そうして蘆屋道満は阿倍野輝夜に一瞥を向ける。


「まあ、安倍声明の血縁者とあれば……当然か。あの男も良く頭が回った」


 阿倍野輝夜はバサリと髪をかきあげた。


「ああ、そういえば……貴方、昔に私のご先祖様にフルボッコにされたっていう話よね?」


 微かに蘆屋道満の眉間にシワが寄る。


「それは昔のことだ。今であれば貴様はおろか――本物の安倍声明ですらも私の相手にはならん」


「しかし、笑っちゃうわよね」


「笑っちゃうとは?」


 堪えきれないとばかりに阿倍野輝夜はクスリと笑い声を零した。


「モキュって……何なのよ?」


「ふむ?」


「○○だモキュ! って……中身はただの中年オッサンでしょ? 笑っちゃうというか、ぶっちゃけキモいわよね」


 今度は明確に蘆屋道満の眉間にシワが寄った。

 ってか、オイオイ……と私の背中に冷や汗が走る。

 圧倒的実力差がある相手に対して、どうしてこの女はこんなに強気なのよ。

 挑発しちゃってどうすんのよっ!?


「ふむ。どうやら貴様、死にたいと見える」


「ええ、やってみなさいよ。やれるもんならね」


 いやいやいやと、私は阿倍野輝夜に飛び掛かって、その口を塞ぎそうになる。

 この男、アンタと私が1ダースいても、相手になんないわよ?

 何でそんなに強気なのよ。さっきまでアンタ涙目だったでしょっ!?


「ほう――本当に死にたいと見える」


「で、どうしてこんなシステムを?」


「ふむ……」と、顎ヒゲをさすりながら、楽しげに蘆屋道満は笑った。


「貴様の先祖――安部声明。当時、ワシと奴の実力は伯仲しておった」


「そういう風に聞いているわね」


「天才と賞賛されたワシに突如として現れたライバル。しかも奴は……朝廷に気に入られ、どんどんと身分の位をあげていった」


「それで?」


「これが楽しいワケがあるまいに。陰陽のエリート家系に生まれた……そんなワシがいつの間にか奴に迫られ――」


「で、貴方は京都を騒がせる術式を作ったということね? 自らの力を高めるために……。レベルアップの術式を実現させるために特異体質である卑弥呼の墓を暴き、数多の罪なき少女を巻き込んで……魔法少女の妖魔の討伐におけるレベルアップの上前をはねる為に。まあ、現代で言うブラック人材派遣業の元締め……そんなところかしら」


「そこまで分かっているならば、何故に尋ねるのだ?」


「最終確認しているだけよ。貴方が……何も考えずに、状況を一切考慮せずに……全力でぶっ飛ばしても良い、ビヂグソ野郎かどうかをね」


「ビヂグソ? まあ、それは良い。そうして力を求めたワシはレベルアップという神の御業の理論へとたどり着いた。そうして、貴様の言うとおり、卑弥呼の墓を暴き、その理論を実践したのだ」


「……つまりは、魔法少女のレベルアップ時におけるスキルポイントを自動に奪うシステムよね?」


「左様。魔法少女はレベルアップしてもステータスしか上がらぬ。なぜならワシがスキルポイントを吸い尽くすからな……まあ、ある程度までならワシにも経験値は入るようになっていたが、それは最初だけだ。ある時期をもって経験値の取得は頭打ちとなる。それは魔法少女も同じで、だからこそ10万匹の妖魔の討伐を区切りとした」


「今の貴方自身の力は……?」


「ああ、無論、魔法少女を通じてレベルアップしておるよ。今のワシには安倍声明なぞ相手にはならぬ。あるいは今現在なら――アマテラスすらもな」


「なるほど」


「なるほど……とは?」


「それが理由で貴方は罪の無い少女を――笑えない人数を死地に追いやったのね?」


「ゴミクズに等しき民草がいくら死のうが何となる? 貴様もまた安倍の一族。特権を与えられた我等特別な人間にとって民草など――」


 クハハと蘆屋道満は笑った。


「これで事情聴取は終わりよ。ともかく、私は貴方のような存在を絶対に認めないわ」


「まあ良い。しかし、安倍の小娘か――流石に美形だ。散々に犯した挙句に嬲り殺してやろう」


「ええ、やれるもんならやってみなさい――ただし、できるもんならね」


 あ……と、そこで私はようやく阿倍野輝夜が余裕な理由に気がついた。

 なるほど、そりゃあまあ……そういう事情なら余裕も納得だ。

 ってか、本当に色んなことに気づくのが早いわねこの女……。 


 と、そこで森下妹が涙で肩を震わせながら、言葉を所々詰まらせながら、魂の慟哭かのごとくに叫んだ。


「そんなの……そんなのってなくない!? 私たち――必死に生きてきたんだよ? 戦ってきたんだよ? ここで卑弥呼を倒したのに――システムすらつぶす事ができないって……酷くない?」


 私はゆっくりと森下妹に歩みを進めて、その震える肩を抱いてあげる。


「大丈夫よ妹ちゃん。もう安心して……」


「え?」


 うん、と私は頷いた。


「安心しても良いんだよ。だって世界で一番頼りになる貴方のお兄ちゃんが――もう、そこまで来てるんだからっ!」


「お……兄ちゃん……?」


 地面に激震が走り、そしてビリビリと周囲に紫電が走った。

 これは、空間の歪みだ。

 そう、空間転移を経験しているアイツにとって、地球からここ……異界に渡る……それは造作でもないことなのだろう。


「何だ……空間の歪(ひずみ)だと?」


 狼狽する蘆屋道満に、底抜けの笑顔と共に阿倍野輝夜は言った。


「おあいにくね。貴方はもう詰んでいるわよ」


「詰んでいる……とな……?」


 そうして阿倍野輝夜は、泣きながら肩を震わせる森下妹を指差した。


「貴方は……逆鱗に触れてしまった。そう、絶対に泣かせてはいけない女の子を泣かせてしまったのよっ! そうね……貴方がこれまでそうしてきたように――理不尽な暴力の―地獄の業火に焼かれなさい。蘆屋道満っ!」


 バリィ――ンっ!

 蘆屋道満の施した限定結界、それは、私たちを閉じ込めていた籠が力技で破壊された音。

 次の瞬間、一陣の風と共に、金属バット片手に――いつものパーカーとジーンズ姿で現れたアイツに阿倍野輝夜はハイタッチで応じた。


「大体の事情は知っているのよね? だったら説明は抜きよ。遠慮は一切要らないわ。後は任せたわよ。森下君」


 アイツは泣いている妹を確認して、阿修羅のような表情を作った。

 そして憤怒のオーラを蘆屋道満に尋ねる。


「一つ尋ねる。この子を……俺の妹を泣かせたのは――手前か?」


「……いかにも」


 一面にピリピリとした怒りの霊圧が充満する。

 正直、怒りの矛先を向けられていない私ですらもその場で膝から崩れ落ちそうだ。


「阿倍野先輩が事情聴取は終えているが……もしも他に、まだ言い訳があるなら――俺の代わりに地獄で閻魔様が聞いてくれるはずだから安心しろ」


「くははっ! 本当に面白いっ! 有象無象の民草が絶対強者のワシに逆らうだと?」


「何を笑ってやがる」


「ワシは有史以来最強の陰陽師だ。いや、アマテラス――有史以来……神を食らい続けて力をつけた、あの最悪の暴力集団に並んだと言っても良いっ!」


「……ちなみに手前のレベルは?」


「フハハっ! 聞いて驚くな――ワシは……かの……伝説の忍者を超えたのだっ! 何せワシのレベルは――」




「34だっ!」





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