第116話お兄ちゃん その3

 サイド:森下真理亜



 お兄ちゃんが現れた瞬間、阿倍野さんとレーラさんは心の底からの安堵の表情を作った。

 

「私たちじゃ邪魔になるだけっ! 余波に巻き込まれない場所まで退避よっ! レーラ=サカグチっ!」


 阿倍野さんは言葉とともに全力で駆け出して――


「言われなくても分かってるっつーのっ!」


 そしてレーラさんは私を小脇に抱えて、全力でお兄ちゃんから離れるべく、天に向けて跳躍する。


「え? あの、その……どういう……こと?」


 私の言葉に優しげな笑みでレーラさんは応じた。


「本当に……もう安心して良いの。今回はMPの枯渇みたいなこともないみたい。だったら――見てれば分かるわ」


「見てれば分かるって……?」


「怒りの雷神に……全力のアイツにタイマンで勝てるやつなんて……魔王以外に存在しないわ」


「雷……神……? 魔……王……?」


 と、同時に着地。レーラさんはヴァチカン仕込と思われる防御結界を周囲に展開させた。

 距離的にはお兄ちゃんと150メートル程度か。

 そして、眼下の地面には蘆屋道満を中心として、半径数十メートルの巨大な光の魔方陣――五芒星が描かれていた。


「出でよっ! 前鬼っ! そして後鬼っ!」


 魔法少女は普通の人間よりも五感が強化されていて、この距離なら会話を拾うことができる。

 それはレーラさんも同じようだった。

 言葉と共に蘆屋道満の前後に2匹の……身長5メートル程度の巨大な鬼が現れた。


「これはワシの近衛の式神……まあ、素のままの素体の力は九尾や卑弥呼と同格と考えれば良い。そして――」


 蘆屋道満は懐から100枚を超える札を取り出した。

 そうして天に向かって札を投げると、次々と2匹の鬼に札が張り付いていく。

 札が張り付くと共に鬼から感じられる霊圧は爆発的に上昇していって――私はそこで息を呑んだ。


 ――フルバーストの私が50人いたとして、あの鬼の1匹にも到底適わない。


 芦屋道満との圧倒的な戦力差……それは分かっていたことだけれど。

 たかが式神ですら、この力……?


「ハハっ……私たち、本当にバカだった。システムの破壊どころか……一矢報いることすら……できるわけなくない? 何よこれ、何なのよこれ」



 ――圧倒的理不尽。


 何をどうしようが、私たちじゃどうにもできるはずなんてなかった。


 そうして、自分が如何に愚かなことをしようとしていたかを理解する。

 何に対して牙を向こうかとしていたのかを、その……あまりの愚かさを猛省する。


 システムの破壊なんて……結局、できる訳はなかった。

 理不尽なまでの力を誇る暴力装置に担保された……これはそんな絶対のシステムなんだ。


 ――所詮、魔法少女は蘆屋道満に供物を捧げ続ける為だけに生み出された家畜なのだ。


 そう、私たちはただ、運命という荒波の大海原を、転覆しないように……漂うだけの小舟。


「驚いたか? ワシは式神の強化術式を操る――更に絶望的なお知らせをしてやろうかっ! ワシのレベルは34っ! そして、スキルポイントを吸収し続けたおかげで、陰陽師としてのワシのスキルポイントはレベルに換算して50近くまで迫っておるっ! クハハっ! これを無敵以外にどう表現しようかっ!? くはは! ははっ! くはははっ! うははははははっ!」


「うるせえな」


「うるさい……とな?」


「笑い声が不快なんだよ」


 蘆屋道満と相対するお兄ちゃんは金属バットを振りかぶった。

 お兄ちゃんの眼前に仁王立ちをキメている身長5メートルの前鬼の頭部に向けて――飛んだ。


 そして、金属バットを一振り。



 ――パキョン。



 軽い音と共に、朱色の肉片の華が咲いた。

 破裂したスイカのように頭部を爆裂四散させながら、地響きと共に前鬼はその場に崩れ落ちる。


「えっ……?」


 あまりにも非現実的な光景に――私は思わず声を漏らしてしまった。

 フルバースト状態の私が、例え50人いてもどうにもならないと確信できる化け物を……一撃?


 次の瞬間、いつの間にか、お兄ちゃんは蘆屋道満の背後――後鬼の更に背後に回っていた。

 位置取りとして、前鬼を屠った際と全く同じだ。

 つまりは、その頭部に金属バットが届く距離まで飛んでいた。


「瞬間……移動……?」


 レーラさんは首を左右に振った。


「いえ、ただの高速移動よ。ただし――私たち程度じゃ視認すらできない半端じゃない速度だけどね」


 次の瞬間――


「ギョエっ!」


 冗談みたいな悲鳴と共に、後鬼の頭部もまた爆裂四散する。


 スタっと地面に着地して、お兄ちゃんは蘆屋道満に向けて声をかけた。


「えーっと、最強の陰陽師だったかな? まさかこれで終わりじゃねえだろう? で、ご自慢の近衛の式神とやらは……後、何十匹いるんだ? 全部叩き潰してやるから遠慮なく出してくれよな。まあ、さすがに百以上の単位でこられると俺でも苦労しそうだが……」


「な、な、な……っ!」


 パクパクパクパク……と蘆屋道満はその場で口を開閉しながら固まっている。


 そして、私もまたパクパクパクパク……と口を開閉させる。


 本当に、今、この場所で――何が起こっているのかが分からない。

 理解できない。


 武器は金属バット。

 防具はパーカー。


 そして、いつものとおりの冴えない表情のお兄ちゃん。


 なのに、それなのに……地面には圧倒的な力を誇るはずの前鬼と後鬼が一撃の下に頭部を粉砕された。

 それはまるで、果物の果実をもぎ取るかのように無造作に、無遠慮に。


「あ、あ、ありえぬ……ありえぬぞっ!?」


「えーっと……お前さ?」


「……な、な……なんだ?」


「レベル34でスキルポイントだけならレベル50に迫るだったかな?」


 コクリと蘆屋道満は頷いた。

 そしてお兄ちゃんは不敵に笑った。



「――俺のレベルは78だ」



「レベル……78……だと?」


 しばしのフリーズの後、蘆屋道満の右鼻から太い鼻水が一筋垂れる。

 そして、呆然とした表情で蘆屋道満は明らかな狼狽と共に大声で叫んだ。


「ありえぬっ! いや、そんなこと――ありえて良いことではないっ! ワシがこの力を得るまでに1000年かかったのだぞっ!? 誰が認めようとワシは絶対にそんなことは認めんっ! 貴様、貴様、貴様ああああああっ! 何者なんだああああっ!?」


「ん? 俺か? そうだな……まあ、こう言うしかねえんだろうな。俺は……そう、俺は――」


 お兄ちゃんは自嘲気味に笑い、そして頷いた。


「――異世界帰りの勇者って奴だ」


 その言葉で、蘆屋道満と私は本日何度目か分からないフリーズに囚われる。

 ってか……ってか……え? マジ? それマジ?

 でも、でも、実際に前鬼と後鬼……倒されちゃってる。

 これって、どう考えてもマジって考えるしかなくない?

 いや、でも、そんなのって……いやいやいやいやいや、そんなのありえない……でも、でも、でも――。


「え、お兄ちゃ……え? え? え? ゆう……い、い、異世界……勇者……って……いや、でも……あの力……って……え? え? え?」


 そこで優しくレーラさんは笑って、私の頭を撫でてくれた。


「だから安心しなさいって言ったでしょ? アンタのお兄ちゃんは異世界で魔王を倒した勇者で――現代人類ぶっちぎりの最強なのよっ!」


 再度のフリーズ。


 ………………。

 …………。


 ――魔王?



 もう、何がなにやら分からない。

 頭が状況を何も理解してくれない。でも、現実問題としての状況と前鬼と後鬼の一撃粉砕という結果はここに確かにある訳で――。


 そうして私はその場で絶叫した。


「ええええええっ!? お兄ちゃん、マジでヤバくないっ!?」


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