第106話VS魔法少女300体 その1

 サイド:森下真理亜



 山奥の廃校舎の職員室。

 置かれた4つのベッド……糞便の臭いの漂う室内の片隅の椅子で私は座っていた。 


「100000体の妖魔の討伐おめでとうモキュ」


 私の眼前に現れたのは熊のマスコット人形であるドーミンだ。


「これで……君はシステムそのものへの介入ができるようになったんだ」


 私は首を左右に振って自嘲気味に笑った。


「それって……生贄の間違いじゃなくない?」


「へえ、気づいていたのか。そうだよ。君はただの餌だ。システムの核に捧げる極上の生餌となるんだモキュ」


「でも、システムの介入自体は可能なんでしょ? いや、違うね。相手が私に危害を加えることができるなら……私もまたシステムに危害を加えることができる。そして、核を破壊してしまえばここでシステムは止まる」


「ああ、そのとおりだよ。君はシステムの核への攻撃の手段を手に入れることができた。やってみると良いよ。ただし――できるものならね」


 そこでドーミンは廃校のグラウンドを指差した。

 先ほどからあの周囲の霊圧が異常に高まっていて、ところどろに黒い紫電も走っている。

 次元の歪みの影響であることは間違いない。

 と、その時――紫色の光が周囲を包んだ。


「これは?」


 グラウンドに……穴……扉が開いた。

 巨大な鏡を想像すると分かりやすいんだけど、いや……どこでもドアが一番分かりやすいか。

 まあ、それと同じような感じで穴の向こう側に薄暗い、紫色の広大な空間が見えた。

 

「あれが特異点だモキュ。達成者を向かい入れる為に、異次元に存在するシステムの核が顕現したということだモキュ」


 穴の向こう側の空間に見える人影を見て、私は絶句する。


「……魔法少女の群れが見えるんだけど?」


「死してなお、卑弥呼の束縛からは逃れられない……ということさ。具体的にいうと、彼女たちはシステムの白血球として扱われる」


「白血球? つまり……その役目は?」


 コクリとドーミンは頷き、楽しげに笑った。


「ははっ! 外敵の駆除に決まっているモキュっ!」


 深い――深いため息。

 ここにきて、最後の最後まで虐殺が仕事か……。


「じゃあみんな……行ってくるね。みんなの仇を……必ず討ってくる」


 ここで私がシステムを破壊した場合、これ以上彼女たちはチャクラを搾取されることはない。

 元の姿には戻らないだろうけれど、システムによって死ぬことはなくなる。

 少なくとも――大幅な延命にはつながるだろう。


 私が立ち上がったところで、ベッドに眠る老婆たちが苦しげに呻き始めた。


「がっ……」


「くっ……ぎゅ……」


「あっ……あっ……あああああああーーーっ!」


 そうして、彼女たちはベッドの上でのた打ち回り始めた。


「これって……?」


 私の言葉が終えるか終えない時、彼女たちの周囲を淡い光が包み始めた。

 そしてそのまま、光の筋がグラウンドの次元の穴へと向かって伸びていく。


「……え?」


 時間にして数秒も無かったと思う。

 ともあれ、気がつけば彼女たちはベッドの上から姿を消していたのだ。


「……どういうこと?」


「特異点というのはね。システムのリセット化でもあるんだモキュ。まあ、パソコンの初期化みたいなものだね。長い間システムを運用する場合は至る所に魔術回路的なゴミや小さな不具合がたまっていくんだモキュ」


「つまり……?」


「現存する魔法少女は達成者を除いて、全てシステムへと還元されるモキュ。端的に言えば、彼女たちは塵になって死んだという話だモキュ」


 崩れ落ちそうになりながら、私はドーミンを睨み付けた。


「そんな事……私……聞いてなくない?」


「ははっ、言ってないからね。ははっ! ははっ! はははははっ!」


 涙が零れそうになる。

 でも、ここでドーミンに何を言っても始まらない。


「ははっ! ははっ! はははははっ! ははははははははははっ!」


 そう、何を言っても始まらないけど、この笑い声は無性に私の心を逆立てる。


「……黙れ」


「黙れというと?」


「……もう、あんたの声は聞きたくない」


「あらら、こりゃあ嫌われちゃったね」


 私は廃校舎のグラウンドへと歩を進めていく。


 そうして穴の前に辿り着いた。

 それはつまり、あちらとこちらの境界線。


 穴の向こう側に見える魔法少女達との距離は直線距離で50メートル程度か。 

 私が境界線の前で立ち止まると同時、300を超える魔法少女たちがこちらに一斉に視線を飛ばしてきた。


「エサだ」


「うん。エサだね」


「エサがきた」


「うん。エサがきたね」


「きたねきたね。エサがきたね」


「うんうん。エサだエサだ。エサだよね」


「良いの? 良いの? 食べちゃって良いの?」


「心臓と脳味噌は卑弥呼様。後は好きにして良いって話だよ」


「私は目玉」


「うふ」


「私は小指がいいなぁ……」


「うふふ」


「私は肝臓」


「ふふふふっふ」


「うふふふふふふふふふふふふふふ」


 剣、弓、槍――目の色を失い、青白い表情で、それぞれの得物を手にこちらを向いてケタケタと笑っている。

 なるほど。元々の人格は全て消え去って……今はシステムの白血球としての役目に特化した仕様となっているらしい。


「……良し」


 私は一歩を踏み出して――境界線を越えた。 


「来たよ」


「来たよ」


「入ってきたよ」


「うふふ」


「うふっ」


「うふふ」


「キャハハハハハハハハハハハハハハハっ!」


 空間内に魔法少女達の狂気の笑い声が響き渡る。


「魔法少女バースト――セカンドっ!」


 笑い声に負けじと、私はあらんか限りの声でそう叫んだ。

 と、同時、私の体に漆黒のオーラが纏った。

 これで戦闘準備も整った。

 今回のバーストセカンドの使用で奪われるのは視力か、四肢か、あるいは内蔵機能か。

 でも、もうどうでも良い。

 例え視力を失おうが……かまわない。


「これが最後のバーストセカンド……っ! ここで私が全てを終わらせるっ!」


 そうして魔女の狂宴――謝肉祭(カーニバル)が始まった。

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