第105話決戦前夜の頂上決戦 その3


「いやー、参った参った。兄ちゃんとんでもなくつええなっ!」


 首里城。

 コンビニのオニギリをパクつきながら幼女忍者は俺の肩をバシバシ叩いてきた。


「ってかお前な……」


「何なんだよ?」


「ヤケにフレンドリーだが……? 果し合いってか、殺し合いだったんだろ?」


「何言ってんだ。昨日の敵は今日の友って言葉を知らねえのか? 日本書紀にもちゃんとそう書いてるんぞ?」


 満面の底抜けの笑み。

 そして、先ほどの俺のアッパーカットで折れた前歯。


 なんというか、この上ない……アホの子オーラがプンプン漂ってくる。


 こうなっちまったら、さすがの俺もどうしようもない。

 

「……ってか、お前……レベル99って言ってたよな?」


「ああ」と頷いて、幼女忍者は懐から何かを取り出して俺に差し出してきた。


「ん? これは……巻物か」


「ああ、そうだぜ。これにはあちきの能力が記されているんだ」


 忍者版のステータスプレートみたいなもんかな。

 どれどれと俺は巻物をほどいて、数値に目を通していく。


「おい、お前? ここに書かれているレベル……いや、お前らは段か。まあ、ともかく33段と書かれているんだが?」


 そこで呆れたとばかりに幼女忍者は俺の言葉を鼻で笑った。


「おい、兄ちゃん? 忍者三倍段って言葉を知らねえのか?」


「それをいうなら剣道3倍段……ね」


 えーっと……。

 つまりだな……と俺はこのロリ忍者の言葉を脳内で噛み砕いて翻訳していく。


 そう、つまり――



「レベル33かよっ!」


 ビビって損した。


 いや、それでもこの世界基準ではめちゃくちゃ強いんだけどな。

 ヤン兄貴が死んだときの一回目の火龍戦の時の俺のレベルが40くらいだったし……。

 まあ、向こうでもそこそこ強い。

 

「お前さ、前から思ってたんだが……」


「ん? 何だ兄ちゃん?」


「何か、お前の語るニンジャってのは非常に偏っているような気がするんだよな。アメコミとか小説とかから影響受けてる部分が多いっつーか」


「まあ、あちきはじっちゃんに育てられたからな。里のみんなはあちきが赤ちゃんの時に皆殺しにされたし……」


 皆殺し?

 これまた不穏な言葉が聞こえてきたが、それは一旦置いておく。


「そんなこんなで、あちきのニンジャ知識が偏っているのは当然だ。なんせ、じっちゃんからしか教わってねーわけだからな」


「……ふーむ」


「しかも、じっちゃんはちょっと変なんだ」


「変?」


「一日に何回もメシを食ったり、直前に食べた飯の献立も忘れていたり……あちきのことを死んだ母ちゃんの名前で呼んだり……」


 おいおい、まさか……と俺はそこで大口を開いた。


「まあ、じっちゃんは今でも戦闘技術は完璧なんだけどな。でも、じっちゃんが色々と変なことに最近気づいた。物心つくときからそんな感じだったから気づくのが遅れたんだが……」


「お前の爺ちゃんの部屋にはアメコミとか忍者小説とか一杯ないか?」


「ああ、じっちゃんは忍者マニアだからな。アメコミも小説も一杯あったぜ!」


 確定だ。

 これで確定だと……俺はため息をついた。



 ――こいつ、隔離された場所でボケ老人に育てられたせいで……知識が真偽入り乱れで滅茶苦茶になってやがる。

 


 忍者や魔法少女やらについて色々聞こうと思ったんだがこれじゃあロクに話は聞けない。


「で、魔法少女ってのは何なんだよ。お前に聞いても意味なさそうだけどさ」


「ああ、そのことな。ごめんな! 兄ちゃん強すぎるし魔法少女と関係なさそうだよな。阿倍野の小娘とヴァチカンの小娘がウロチョロしてたってことは、やっぱりあっちがめっちゃ本命だったんだな……森下真理亜か……」


「おい、どういうことなんだよ? 今、何て言った?」


「阿倍野の小娘……」


「違う、そっちじゃねえよ」


「ああ? 森下真理亜っていったんだが?」


「――その話、詳しく聞かせろ」






 空港へとトンボ帰りの途中、俺は阿倍野先輩に電話をかけた。


「先輩ですか?」


「で、どうだったの忍者は?」


「ワンパンでしたよ」


「……ワンパン?」


「ええ、向こうでは帝都の剣術大会でベスト4に入れる程度じゃないですかね? つまり、俺の敵じゃありません」


「MP切れとかでイマイチ最強感は薄れていたけど……貴方、本当に化け物なのね」


「しかし、どうして黙っていたんですか?」


「黙っていたというと?」


「真理亜のことですよ。全部知っていたんでしょう?」


「……」


「どうして黙っていたんですかっ!」


「相手は忍者だったからよ。貴方でもひょっとすればかなわない可能性があった。だから、そちらはそちらで全力を投入できるように無駄な情報を与えなかったの」


「無駄な情報って……俺の妹の話ですよね?」


「私もスキルを扱うようになったからよくわかる。実はこの能力って精神状態がかなり影響するわよね? 余計なことを考えてほしくなかったのよ」


「それはそうかもしれませんが……でも、俺の妹の話でしょうが?」


「……ごめんなさい森下君」


「先輩?」


「私のミスよ。戦力判断を見誤ったわ」


 素直に謝られてしまえば、これ以上は責めても仕方ない。


「ともかく、俺は沖縄からトンボ帰りしますからね?」







 そうして那覇空港にたどり着いた俺は絶句した。


「おいおい……」


 電光掲示板を流れる文字を見て、その場に膝をつきながら、俺は言葉を続けた。


「台風で……全便欠航だと……?」







・サイド:レーラ=サカグチ



 新月の夜。

 廃校舎の近くで、完全武装の私たちは木陰に身を潜めていた。


「アンタって戦闘センスはあるのに結構……読み誤るよね?」


「戦術レベルなら自信はあるけれど、戦略は苦手なのよ」


「っつーと?」


「蚊って何に反応して寄ってくるか知っている?」


「二酸化炭素よね」


「そうよ。そしてそれを知った当時幼稚園児の私はドライアイスで実験を決行したのよ」


「幼稚園児で二酸化炭素とドライアイスの因果関係を知っているっていうのは割と衝撃よね。で、実験というと?」


「ドライアイス・人肌の温度のぬるま湯・人間の汗……これを小皿に入れて森の中に入ったわ。蚊は……果たしてどの小皿に集まるか」


「なるほど。それでどうなったの?」


「蚊は――私に集まってきたわ」


「でしょうねっ!」


「つまりね、レーラ=サカグチ? 私が何が言いたいかというとね?」


「何が言いたいかというと?」


「一見賢そうだけど……かなりヌケているお茶目さんなのよ」


「お茶目さんっ!?」


「いえ、お茶目幼女なのよ」


「実験当初は幼女だったかもしれないけれどっ!」


「まあ、ともかく私の判断ミスよ。謝罪するわ」


「いや、でも忍者が出てきたんならそりゃあ仕方ないわ。神と同義の存在だって私は教えられてきたし、アンタもそうなんでしょ?」


「ともかく――今夜は私たちで収めるしかない」



 ええ、と私は頷き、廃校舎のグラウンドを睨みつける。

 霊圧が異常に高まっていて、周囲を静電気が立ち込めて髪の毛が逆立っていく。

 ところどころに黒い紫電も走っているし、ただ事ではない。

 

「時空の歪み……いや――」


 ――特異点


 阿倍野輝夜は私の言葉にコクリと頷いた。


「おふざけの時間はここらで終了みたいね」



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