第107話VS魔法少女300体 その2
「82っ!」
朱色の魔法少女の頭蓋骨を上段回し蹴りで粉砕。
パキョっと軽い音と共に、脳漿を撒き散らせながら、魔法少女が崩れ落ちる。
この空間の広さは東京ドームのグラウンド程度だろうか。
半球上の地面や壁には薄ピンク色の肉のようなコーテイングが施され、所々にご丁寧に青と真紅の巨大な血管のようなものが見える。
私が殲滅した魔法少女達から発せられるソレ以外の、当初からこの空間に満ちていた血生臭い匂いが、どうしようもなく私をイラ立たせる。
つまりは、どこまでも――悪趣味なことだ……と。
そして私は中央部に見える、卑弥呼の核と思われる大きな肉の塊を睨み付ける。
半径70センチ程度、高さは2メートルの肉の塊。
おそらく、あの中に卑弥呼のクローンが収納、あるいはあの肉の塊そのものが卑弥呼――いや、システムの核なのだろう。
散発的に突撃を仕掛けてくる魔法少女達を殲滅しながら、私は少しずつ核へと向かっていく。
と、そこで背後からヒュっと風斬り音。
繰り出された剣を半身になってかわしながら、前方へと転がる。
「マジカルアロー」
私の特性武器である弓を構え、転がりながら背後に放つ。
「グギャっ!」
心臓を貫かれた剣の魔法少女が息絶える。
これで83体だ。
現在、私を中心として半径30メートル程度で200を超える魔法少女達が遠巻きに取り囲んでいる状態。
開幕当初にバーストセカンド使用、敵陣のど真ん中に突っ込み、そこからの半径20メートルの弓の斉射。
これで300の内50を殲滅し、そして大きな牽制効果も得られた。
数の暴力で一斉に押し包められれば、あるいは私でも対処は不能だ。
けれど、初っ端の大爆撃で相手方は一旦様子見という作戦を採用したようだ。
襲い掛かってくるにしても同時に2~3体がせいぜいのところか。
ともかく、一気に取り囲んでしまうと範囲攻撃が来るということを学習した結果だろう。
こちらとしても広範囲の斉射はタメの必要な攻撃なので、非常にありがたい。
そして何より嬉しいことに、この連中はバーストセカンド以降は使用不可らしい。
このまま……散発的に攻撃してくれるのなら、そして少しずつ数を減らせば、勝機はある。
「とはいえ、まあ……そんなに簡単にコトが進むとはこっちも思ってないけどね」
ジリ貧状態に陥っていることに相手が気づいたのか、あるいは矢の斉射の連打は不可能なことを悟ったのか……。
ともかく、連中は100を超える規模で一斉に私に向けてゆっくりと歩を進めてきた。
包囲網の距離は30メートルから20メートルに縮まり、そこで魔法少女達は一旦歩みを止めた。
そこが私の範囲攻撃の有効射程なことには気づいているのだろう。
が、数秒の後……彼女たちは一斉にクラウチングスタートの体制を取った。
そして、地面を蹴って――100人の魔法序少女達が私に一気に飛びかかってきた。
「飛んで火にいる夏の虫ってやつじゃなくない?」
正直、このタイミングでの一斉突撃はありがたい。
既に範囲攻撃のチャージは終えていて、ギリギリまで引き付けて、一気に範囲攻撃を発動させれば正にカトンボの如くに落としたい放題だ。
「マジカルアロー……レインフォールっ!」
範囲攻撃に移行しようとしたその刹那、私の視界に――マキ姉が入った。
「えっ……?」
老婆としてのマキ姉じゃなく、かつての……瑞々しい肌を伴った紫の衣装に身を包む魔法少女。
だが、その瞳にはかつての意志の力はなく、色を失ったうつろな瞳。
考えてみればそりゃあそうだ。
歴代の魔法少女達がこの空間で使役されるなら、マキ姉も当然いる。
でも、それはもう、マキ姉であってマキ姉ではなくなった……魔法少女の成れの果て。
けれど、その姿は私を躊躇させるには十分なインパクトはあった訳で……。
「くっそ……っ!」
時間にして、私のフリーズは数秒のことだった。
でも、戦場におけるその時間はあまりにも致命的だった。
背後から剣を被弾。
バーストセカンドの防御結界――ゴテゴテとした衣装が切り裂かれる。
前方から槍を被弾。
バーストセカンドの防御結界――ゴテゴテとした衣装が貫かれ、私は身を翻して槍を避け、上空に飛んだ。
動揺のため、タメの必要である高度術式……広範囲攻撃の練成はかき消された。
私は、ノーモーションで使用可能な攻撃法である――上空からの単発の矢を連打する。
84、85、86、87、88、89.90――っ!
そこで私上方に飛んだ私は落下軌道へと移行する。
91、92、93、94、95っ――!
着地付近に集中して矢を放つが、いかんせん相手が多い。
いや、多すぎる。現状、全く着地点の安全を確保できていない。
くっそ……蜘蛛の糸におけるカンダタの気分だね。
眼下には蜘蛛の糸にしがみつく亡者の群れ――。そして伸びる無数の亡者の手。
このまま地面に落ちれば、命はない。
そして、地面への着地と同時に、一斉に攻撃が飛んできた。
「バーストセカンド:パーフェクトクロースフォームっ!」
魔法少女の武装における、攻撃の機能を全て捨てて、時間にして約10秒程度……絶対防御を達成する術式だ。
着地と同時に私に繰り出された無数の刃が弾かれる。
が……。
攻撃は通用しないと相手方も判断したのだろう。そして、その時間が有限であることも。
魔法少女達は私の四肢に纏わりついてくる。
そのまま、数十の魔法少女達に引きずり倒される形で私は地面にはいつくばった。
後は、絶対防御の効果の及ぶ数秒が経過すればここでおしまいだ。
――ここまでか。
判断を誤った。
この状況からフルバーストを行ったところで……どうにもならないだろう。
魔法少女としての私の特性はあくまでも弓による広範囲殲滅特化型だ。
距離を詰められ、数の暴力で固められてしまってからでは、その特性は活かせない。
フルバーストを仕掛けるなら……開幕当初だった。
と、そこで私は自嘲気味に笑った。
――結局、私は覚悟が足りなかった。
マキ姉から……バトンを引き継いだはずなのに、それでも私はまだ……自分の命を前提としてこの場に立ち向かってしまった。
フルバーストを使用してしまった後では、例えシステムの核を破壊しても私までもが老婆になってしまう……と。
その結果がこのザマだ。
「ごめん……マキ姉……私じゃ……何も……変えられなかったみたいだね」
防御術式の残り時間は3秒。
最早、是非もない、そして訪れるのは確実な死だ。
相手もそのことは分かっているようで、私を押さえつけている連中以外が、その時を舌なめずりしながら待つように――それぞれの得物をを構えた。
――3
――2
――1
防御術式解除まで残り、コンマ数秒を切った。
一斉に刃物が私に繰り出され、そして――。
「――大爆符:メギド」
3枚の符が私の眼前に振ってきて、次の瞬間に私の周囲の無数の魔法少女達が吹き飛んだ。
「ったく、無茶苦茶するわね? 妹ちゃんも巻き込んでるわよ?」
「安心なさい。このレベルの防御術式なら、メギドでは妹ちゃんは焼ききれないと判断したわ」
「つってもアンタ……結構……読み誤るじゃん」
「まあ、戦術レベルの……対処療法では自信があるわ。そこは信用しなさいよ」
ヴァチカン特有の特殊魔戒装備に身を包み、真紅の槍を構える金髪の女の人。
そして、巫女装束――片手に日本刀、片手にダース単位の符を持った黒長髪。
「パーフェクトクロースフォームを……突破する火力? はは……これって何の冗談? 同じ術だけど……この前の自衛隊の符術師とはレベルが違うくなくない?」
全身に軽度の火傷。
若干のダメージは受けたけど……確かにメギドの火は私を焼ききらず、まとわりついた連中のみを的確に駆除した。
立ち上がり、そして二人を見る。
「どうして貴方が?」
この人はお兄ちゃんと同じ学校の人だ。
ちょっと前に協力を申し込んできたけど、現地の組織の人間なんて信用できないってあの時は一蹴したけど……。
「以前にも伝えたけれど、卑弥呼――いや、魔法少女システムの破壊は私達の利害と一致するわ」
いや……と阿倍野さんは首を左右に振った。
「そんなことはどうでも良いわ。貴方は森下君の……森下大樹の妹なのよね?」
どうしてここでお兄ちゃんの名前が?
なんだか良くわからないけど、私は首を縦に振った。
「だったら、私達は貴方が困っているのなら――助ける義務があるの」
「お兄ちゃんが? どうして一般人のお兄ちゃんが退魔師と……関係を?」
フフっと笑いながら長髪をかきあげた。
「貴方、何も知らないのね?」
そこで金髪の女の人が吹き出した。
「ははっ……兄妹揃って因果な運命だとは思うけどさ。アンタのお兄ちゃん……実は……とんでもないのよ?」
「お兄ちゃんが……とんでもない?」
ほぼ同時に二人は頷いた。
「ええ何せ彼は人類最強で――」「うん。なんせアイツは人類最強で――」
そうして二人は同じタイミングで言葉を続けた。
「「天然の女たらし」」
そのまま、二人は何がおかしいのか、お互いの顔をみやって笑いあった。
「ともかく、そういう事情だから」「うん、まあ、そういう事情だから――」
「だから――」「ここから先は――」
そうして二人は周囲の魔法少女に向けて、刀と槍を構えた。
「「お義姉(ねえ)さんに任せなさいっ!」」
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