第25話 母ちゃん 後編


「森下君? これはどういうことなの?」


「ああ、酸味が強いのは初めての人は苦手なんだっけか」


「そういう次元の問題じゃないでしょっ!? マジで死ぬかと思ったわよっ!」


 阿倍野輝夜は半ギレになっていた。

 っていうか、基本はクール系の彼女がここまで感情を露わにするのは珍しい。


「大丈夫だよ。酸味系は焼きそばだけだから」


「本当でしょうね?」


 そして数十秒後、キッチンから声が聞こえてきた。


「皆さんは辛い物大丈夫ですかー?」


 見た目9歳のエプロン黒髪ロリータ……森下母がテーブルについた私達に尋ねてきた。


「……好物よ」


 大きく阿倍野輝夜は頷いた。


「私はちょっと……辛い物は苦手……」


 私の言葉で阿倍野輝夜はニヤリと口元を吊り上げた。


「ふふ。レーラ=サカグチさん? イタリア育ちだと言うのに辛い物が苦手なの?」


「そこにイタリアは関係ないでしょうよっ!」


「ふふ、それじゃあ言い換えましょうか。友達のいないレーラ=サカグチさんは辛い物が食べられないお子ちゃまなの?」


「そこに友達がいないことは関係ないでしょうがっ!」


「ふふ、それじゃあ言い換えましょう。辛い物が食べられないレーラ=サカグチはお子ちゃまだから貧乳なのね」


「貧乳関係ないでしょうがっ! ここぞとばかりに無理やり私に悪口言いたいだけなんでしょうがっ! この性悪っ!」


 と、そこで森下母がエビチリソースとレタスで盛り付けられた大皿を持ってきた。

 見た目は凄く色鮮やかですごく美味しそうだ。


「辛い物が苦手な人は食べない方が良いですよー。他にも料理はありますですから」


 その言葉を受け、阿倍野輝夜は私に勝ち誇った笑みを浮かべながら差し出されたエビチリソースを小皿に取り分けた。


「ふふ、こんなに美味しそうなエビチリを食べられないなんて、なんていう残念なお子ちゃま舌なのかしら」


 そうして彼女はエビチリを小皿に取り分け、箸で麺を掴んで口に入れて――


「ブーっ!!!!!」


 マーライオン状態でそのまま阿倍野輝夜は勢い良くエビを噴き出した。


 そしてテーブルに突っ伏してゲホゲホとその場で大きく席をする。


「何っ!? 何よこのエビチリは……辛いなんてモノじゃないわっ!!!?」


「デビルソース3瓶入れてますですからー。辛いのが苦手な人は無理なんですー」


 それって辛すぎてヤバいって噂の激辛ソースだよねっ!?

 噂によると辛すぎて心臓発作を引き起こしたって話も聞いた事あるわよ!?


「母ちゃんのエビチリは絶品だよな。やっぱりこれくらい辛みがねーだと駄目だわ」


「ところでこちらの外国の女の子は何も食べないのですー?」


 ニコニコ笑顔で問いかけてくる悪魔に私はコクリと頷いた。


「辛いのは無理だし、酸味もちょっと私には合わなさそうかな?」


 そこで黒髪ロリータは瞳にウルウルと涙を貯めた。


「味見すら……してくれないのです?」


 今にも泣きだしそうな純真無垢としか表情を見ていると、何やら自分が悪い事でもしているような気分になってくる。

 せめて一口……と私は焼きそばの大皿に箸を伸ばした。

 と、そこで私が阿倍野輝夜が首を左右に振った。


「……焼きそばは止めていた方が良い」


「何故?」


「……酸だから。食材ではないものが使われているから」


「そんな事は知っているわ」


「……エビチリは辛すぎるだけで……一応は食べ物よ。辛い物が苦手だとしても、悪いことは言わないからそっちにした方が良い」


「サカグチさん。俺も焼きそばは素人さんにはキツイと思うぜ。とはいえ母ちゃんが泣きそうだから……味見はしてくれると助かるけどさ」


 二人の言葉を受け、私は首を左右を振った。


「私は…………なのよ。辛い物は食べられないわ」


「え? 何ですって? 良く聞こえなかったわ」


「だから、私は…………なのよ。辛い物は食べられないって言ってるのっ!」


「え? サカグチさん? 何だって? 良く聞こえねーんだが……」


「だから私は――」



 私はしばし押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで私はこう言った。




「――イボ痔なのよっ!」






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