第41話 それが私の勇者様 後編
そうして教室に入ってくると同時、私は思いっきりに不機嫌に森下大樹を睨みつけてこう言った。
「ちょっとアンタ? 大事な話があるから屋上まで顔を貸しなさい?」
屋上に移り、私は森下大樹を睨みつける。
「さあ、どういうことなのか説明してもらいましょうか?」
「どういう事っつーと?」
「アンタと阿倍野輝夜の関係よ!? ただのメル友って話だったよね!? どうして一緒に手をつないで道を歩いていたのよ!?」
自分でも頭に血が上っているのが分かっている。
でも、どうにも止められない。止まらない。
「人前で手をつなぐなってお願いしたんだけど、今日だけはって言って聞かなくてな」
「質問の答えになってないっ! ただのメル友とは手をつないで歩かないでしょうがっ!」
「まあ、その……何だ……俺と阿倍野先輩はただのメル友から進化しちゃったんだよ」
そこで頭から血が引いて、フラリと私は倒れそうになった。
「ねえ、森下大樹?」
「何だ?」
「アンタって……異世界から帰ってきた勇者なのよね?」
「どうしてそれを?」
目を見開いて驚く森下大樹に私は虚勢を張る為に、精一杯に胸を張った。
「あんまり私の情報網を甘く見ないでくれる? ちなみに情報の出どころは秘密よ」
「……これは色々と考える必要があるかもな。それで?」
「勇者としての旅の道中――助けた金髪の小さな女の子。それで何かがピンときたりしない?」
「変な事聞くんだな」
「良いから答えてっ!」
しばし考えて、森下大樹は口を開いた。
「ピンと来ないし、何のことを言われているかも分からない」
「……そっか」
一瞬で私の目じりに涙がたまったのが分かった。
私は涙を見られないように振り返って、そして走り始めて――こう捨て台詞を吐いた。
「信じらんない! 本っ当に――最低っ!」
それから――。
校舎を飛び出して、街を当てもなくさ迷い歩いた。
途中から雨が降ってきて、ビチャビチャになりながらも私は歩いた。
「はは、本当に出来の悪い話ね」
舞い上がってたのは私だけだった。
思い出したのは私だけだった。
アイツにとっては、私は……。
ただ、ひたすらに私は歩く。歩き続ける。
雨が涙を流してくれるので……本当に丁度良い。
人が私を避けて歩いていく。
半ばうつろな視線で、ずぶ濡れの女が歩いているんだから、それはまあ……気味が悪いだろう。
気が付けば雨も上がり、空に朱色と藍色が混じる時刻となっていた。
「……ふぅ」
我ながら馬鹿だな……と思う。
子供みたいにその場から逃げ出して、馬鹿みたいに行く当ても無く歩いて。
でも、おかげで私の心は本当に少しだけど落ち着くことができた。
「良し。帰ろう」
と、そこで私は気が付いた。
鞄を屋上に置きっぱなしにしているのだ。
ホテルのカードキーも鞄に入っているし、このままじゃあ帰れない。
そうして、学校へと戻る途中で私は――阿倍野輝夜と出会った。
「あら、誰かと思えば友達のいないレーラ=サカグチさんじゃない? ズブ濡れでどうしたの?」
「そう。私は友達がいないわ。だから、辛い時に誰かに相談することもできない」
「ちょっと貴方? 本当にどうしたの?」
「愚痴を言える相手も……アンタくらいしか思い浮かばない。だから――ちょっとで良いから私の話を聞きなさい」
――そうして。
私は恋敵であるはずの阿倍野輝夜に事情の大体を説明した。
ちなみに、二人は付き合っている訳では無いけれど、友達以上恋人未満的なことになっているらしい。
本当は阿倍野輝夜にこんなことを打ち明けるのは適切ではないのは分かっているし、異世界出身だということを誰かに話すべきでもない。
でも、私の心は張り裂けそうで……誰かに『そりゃあ無いよ……そりゃあ無いわよ……』という気持ちをぶちまけたかったのだから仕方ない。
「ふむ。要は貴方は森下君の裏切られたと思っている訳ね」
「そういうことね」
そこで阿倍野輝夜はクスリと笑った。
「貴方……馬鹿なの? お馬鹿なの?」
「ハァ?」
「貴方が森下君に尋ねた言葉は?」
「『勇者としての旅の道中――助けた金髪の小さな女の子。それで何かがピンときたりしない?』って……」
「それで森下君は何と?」
「『ピンと来ないし、何のことを言われているかも分からない』って……」
そこで再度、阿倍野輝夜は勝ち誇ったように笑った。
「やはり馬鹿なの? 貴方……馬鹿なの?」
「だからどういう事なのよ?」
「あの人が異世界でどれだけの人数を救ったと思っているの?」
「……?」
「私みたいな処女ビッチを、九尾の力量も確認せずに命を張って助けに来るような馬鹿を通り過ぎたお人良しなのよ?」
そこで、私はようやく阿倍野輝夜が何を言わんとしているかを理解し始めた。
「ひょっとして……」
「助けることが日常で、挙句の果てには世界を救ってしまったような男よ? 一々助けた人の事なんて彼は覚えてられないのよ。貴方は毎日の朝昼晩のメニューをここ3年間暗記していられるかしら?」
「……でも、それでも私には約束がある。だからアイツにとって私は特別で、私にとってもアイツは特別で……」
「あら。馬鹿なだけではなくてクズなのね」
阿倍野輝夜は声のトーンを落とし、隠しもしない侮蔑の視線を私に向けた。
「クズ? どうして?」
「お嫁さんにしてくださいってのは死ぬ間際の売り言葉に買い言葉でしょう? それで今更になって……その時の約束を持ち出して彼を脅迫するつもりなの?」
「脅……迫……?」
「そりゃあ、彼は優しいから状況を明かして約束を盾にすれば貴方を邪険には扱えないでしょう。でも、それでは彼は絶対に貴方を受け入れないわ。恋愛と言う意味では……絶対にね」
「どういう……事?」
「逆の立場になって考えてみなさい。死ぬ間際の子供を笑顔で逝かせるための……そんな大昔の口約束で今更迫られて……迷惑じゃない人がどこにいるというの? 舞い上がって盛り上がっているのは貴方だけよ」
確かに……言われみりゃその通りだ。
「……」
「まあ、別に止める気はないけれどね。好きにすれば良いわ。そして迷惑がられることね。ああ、そうそう、一つ言っておくことがあるわ」
「一つ言っておくこと?」
「そんな昔の約束を盾に取って迫るのであれば、私は貴方を軽蔑するわ」
「軽蔑って……私と森下大樹の昔話ってそんなに軽いモノなのかな?」
「別に昔話を語ることは悪い事ではないんじゃない? でも、そんな約束を本気のことのようにして……何かを迫るというのならばアホらしすぎるレベルね」
そこで、バサァっと阿倍野輝夜はロングの黒髪をかきあげた。
「貴方――今の自分で勝負するつもりは無いの? 貴方がこの世界に来て10年かけて磨き上げたレーラ=サカグチと言う個人にそこまで自信がないの?」
ガツンと頭を叩かれたような気がした。
認めたくはないが、誰がどう考えても阿倍野輝夜が正論だ。
コイツの言うとおりに……私は一人で盛り上がって舞い上がっていた。
「確かにそうかもね。でも、私にアドバイスしちゃっても良いの?」
「どうして?」
「アンタはアイツの恋人になりたいんでしょう?」
「あら? 私がそんな狭量な女に見えた?」
「っつーと?」
「恋人を選ぶのは森下君自身よ。決してそこに私の意思は介入できないわ」
断言して頷く阿倍野輝夜を……私は少しだけカッコ良いなと思ってしまった。
「その結果、森下大樹が他の女を選んだ場合は大人しく身を引くの?」
コクリと頷いて、阿倍野輝夜は楽し気に笑った。
「ええ、身を引くわ。そして身を引くと同時に彼を殺すわ」
心の底からの――底抜けの笑顔。
ただし、目の奥が一切笑っていない極上の笑み。
――怖い
それが、私が阿倍野輝夜に生まれて初めて戦慄を覚えた瞬間だった。
阿倍野輝夜に言われたことを反芻する。
正直、色々と私も思うところもある。
夕陽が沈みかけた藍色混じりの道を通り、私は校舎の屋上へとたどり着いた。
「あっ……」
フェンスに背中を預けているアイツは自分の鞄と私の鞄の二つを持っていた。
「よう」
「どうしてアンタが?」
「鞄にキーケースがついてたからな。絶対にサカグチさんが家に帰れなくなってしまうって思った。鞄だけ放置しておくわけにもいかねーから、仕方なく待ってた」
「……いつから?」
「昼休みから放課後までは教室で。それから先は再度ここに戻って待ってた」
時計を確認すると7時だ。
3時間以上もこの馬鹿は屋上で私を待ち続けていたとうことになる。
「後な、サカグチさん?」
「何?」
「金髪の女の子……だったか。天使の翼つながりで思い出したんだが、向こうで子供を助けた事はあるよ」
トクンと私の心臓が高鳴った。
「……それで?」
「死んだよ。救えなかった。とても辛かったよ」
――その女の子って……私……という言葉が喉元まで出かかったが、阿倍野輝夜の言葉が脳裏に響いた。
『貴方――今の自分で勝負するつもりは無いの? 貴方がこの世界に来て10年かけて磨き上げたレーラ=サカグチと言う個人にそこまで自信がないの?』
「勇者でも救えないことってあるんだね」
「思い通りにいかないことばっかりだったよ。本当に」
「で、アンタはその子の事をどう思ってんの? それこそ数えきれない人間と関わったアンタからすればやっぱり……その他大勢の哀れな弱者?」
「そんな訳ねーだろ。あいつは……とっても悲しい思いをしてたんだ。本当は俺が守ってやらなくちゃならなかったのに……それどころか俺の命を救う代わりに命を失ったんだ」
「……うん。それで?」
「あいつは、俺にとっては……その他大勢なんかじゃあ……決してない」
「……そっか。うん……そっか」
心臓の奥底に温かい何かが生まれて、そして血の巡りと共に体中に微熱が回っていく。
私は、森下大樹からひったくるように自分の鞄を奪った。
そして、中身が濡れていない事を確認してから軽く頷いた。
「ねえ、アンタ?」
「ん?」
「はい、これ」
「スイートポテト?」
「結局、九尾の時……私も阿倍野輝夜と同じく救われた形になるでしょ?」
「ああ、そうかもしれねーな」
「その……お礼よ」
本当は昔話をしながら一緒に食べようって思って持ってきたんだけど……。
今の状況でそれは絶対に言えないわ。
「え?」
「べ、べ、別に……っ! アンタに喜んでほしくて欲しくて作った訳じゃないんだからねっ! ただのお礼として作っただけなんだからねっ!」
頬に帯びた微熱で、自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。
ああ、今が日暮れ時で本当に助かった……。
「はは」
「何よ!?」
「本当にサカグチさんって……ラノベのヒロインみたいだな」
「それを言うならアンタは何世代も前のテレビゲームのRPGの勇者みたいじゃない」
「はは、違いないな」
「で、食べるの!? 食べないの!?」
「ありがたくいただくよ」
森下大樹はパクリとスイートポテトを口に運んだ。
「……美味しい?」
「うん。美味しい」
「……そう」
「ねえ……?」
「何だ?」
「明日のお昼はお弁当?」
「いや、明日は売店で菓子パンを買う予定だ」
「じゃあ、一緒に食堂でお昼を食べない?」
「そりゃあまたどうして? ってか、いつもサカグチさんは売店でドレイにパンを買いに走らせてない?」
とりあえず――と私は思う。
別に阿倍野輝夜に言われたからという訳でないけれど、こいつが自分で思い出すまで、アリエルとしての私では勝負はしない事に決めた。
まあ、差し当たって当面は……一緒にご飯を食べたりの地道なところからだろうか。
「うるさいっ! これは私の定めし私の法理の決定事項よ! ウダウダ言わずに明日は私とお昼を食べなさい!」
「だからどうしてお前はいっつもそんなに偉そうなんだよ!」
「ってか、とっとと帰るわよ! もうすぐに周囲は真っ暗になるわ!」
「ああ、そうだな」
屋上の出口へと向かって森下大樹が歩を進める。
私は……んっと右手を差し出した。
「手を引けって事か?」
「階段は暗いでしょ? 1階まで降りるまでで良いわ。エスコートしなさい」
「何でそこまでしなきゃ……まあ……仕方ねえか」
そういって森下大樹は渋々と言った感で私の右手を左手で取った。
そうして、二人で階段を下りているとき、私は本当に小さい声で、森下大樹の背中に向けてこう言った。
「にぃに……」
「ん? 何か言ったか?」
「何も言ってないわ。とっとと降りなさいこの馬鹿」
「本当にお前って色々酷いよな」
「どこかの誰かに、これからはワガママ放題に好きに生きろって言われたからね。おかげさまでこんなにクソ生意気に育ったわよ」
ふふっと笑い、私はギュっと森下大樹の手を強く強く握りしめた。
「痛えな? 強く握り過ぎだぞ?」
「これくらいで丁度良いのよ」
そう、力いっぱい握るくらいで丁度良いのだ。
この手を放さないように。絶対に放さないように。
――もう2度と離れ離れにならないように。
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