第72話VS レーラ=サカグチ その2
サイド:リンフォード
チャイナブルーのカクテルの杯が空になり、リンフォードは続けてサーブされたウイスキーのダブルに口をつける。
そして彼は、このバーでは彼以外に認識することのできないステータスウインドウを出現させて、ため息と共に呟いた。
「反射のスキルを得ると同時に表示されるようになった……状態異常:魔王の種子。私の性格は少しばかり凶暴になりました。いや……願いに忠実になり、手段を選ばなくなったと言いましょうか」
店内の客は彼一人。
バーテンダーが奥に引っ込んだところで、彼は自嘲気味に笑った。
「魔王……心外ですね。いや、でも……それこそが私にふさわしいのかもしれませんね」
クックっと笑いながら、彼は言葉を続ける。
「ヴァチカンで上り詰め、世界の秩序を破壊する私にはその呼び名こそがふさわしい」
サイド:レーラ=サカグチ
「姫っ! 納得できません! 我らは常に姫と共にある……昔からそういう命令を受けておりますっ!」
セラフィーナの言葉に私は首を左右に振った。
あれから、旅館の一室で私はガーディアンズを集めた。
そして森下大樹と異世界関連の事は伏せた上で、不穏分子としての分断工作とアフリカ行きの事実を彼女達に告げたのだ。
「ここらが潮時なのかもしれない。これから不穏分子としての扱いを受けようとしている今の状況でヴァチカンに所属していてもジリ貧は必至……判断は貴方達に任せるわ」
「判断?」
セラフィーナの言葉に私はコクリと頷いた。
「道は二つよ。ヴァチカンの命令を忠実にこなすだけのロボットになるか……それとも、ヴァチカンを離れるか。その場合は苦渋の道を歩むのは確定で……そして粛清までもありえる。どうするかはアンタ達が決めて」
そこでガーディアンズは顔を見合わせて、唇を噛みしめながら口を開いた。
「我々は……ヴァチカン以外に生きる場所を知りませぬ」
そうだよね。その回答は分かっていた。
「ロボットになって仕事をこなしても、それでも状況は悪くなる一方となる公算が高い。盲目に従っても結局は粛清となる可能性もある。それでも……ヴァチカンに従うの?」
「そのとおりです。それでも……ヴァチカン以外に生きる場所を知らぬのです。それに功績を積み、信用を取り戻せば……いつかは我々は姫とまた……同じ場所で働くことができるやもしれません」
少しだけ、セラフィーナ達に期待していた自分がいる。
彼女達がヴァチカンから離れるという選択を自ら取るのであれば、あるいは私はもう一度……森下大樹と……。
でも、どうやらそれは適わない。
ありえない未来を考えても仕方が無い。
「……分かったわ。善後策は後で考えましょう。今は目の前の任務だけを考えること。分かったわね」
そこでセラフィーナが申し訳なさそうに私に頭を下げてきた。
「不穏分子と疑われる……つまりは、これまでの度重なる独断でのロンギヌスの使用制限解除が原因でしょうか?」
それもゼロではないだろうけど、今回はリンフォードが主原因だ。
でも、セラフィーナ達に勇者や異世界の説明をしたところで理解もしてもらえないし、それこそ不要な事を知らせたことでリンフォードの矛先が彼女達に向く可能性が非常に高い。
「そうかもしれないわね」
「私達がついていながら……ヴァチカンへの絶対忠誠を疑われるような事になってしまい申し訳ありませんでした。我々が姫をもっと……お止めしていれば……」
ヴァチカンへの絶対忠誠か……。
結局……と私は思う。
セラフィーナ達は籠の中の鳥なんだ。
ヴァチカンに生まれ、ヴァチカンに教育され、そしてヴァチカンの任務をこなす為に作り出された完全純粋培養の量産型のロボットなんだ。
いや……と私は自嘲気味に笑った。
それは私も一緒か。
結局は私は、森下大樹に助けを求めることができなかった。
残念なことに……ヴァチカンの10年間の教育プログラムは、私にきっちりと作用していたということなのだろう。
「やっぱり修羅の道しか……残っていない……か」
でも……と私は胸の前で十字を切った。
もう、私はこの道を進むと決めてしまった。
セラフィーナ達を守ると決めたんだ。なら、私はこの道を突き進むしかない。
それこそ――
――神の御名の名の下に。
そして――。
魔装化した私はロンギヌス片手に、神社へと続く長い長い階段を歩いていた。
東の神社には私、そして西の神社にはセラフィーナ達。
妖魔の鎮祭の儀式をつぶせば……横浜の街は震災に襲われ、津波と百鬼夜行に襲われる。
何一つ、私の本意ではない。
何一つ、楽しくなんて無い。
――自分でも自分が何をしているのか分かんない。何をすれば事態が好転するのかも分かんない。
でも、どうしようもない。
そう、これ以外に取る道がいない。要はそういうことなんだ。
と、そこで私の肺から乾いた笑い声が漏れてきた。
「フフ……アハハ……」
もう良い。
考えることは……もう辞めよう。
――私は吸血鬼と天翼人の忌み子。
そうであれば……街一つを破壊に誘う悪魔……堕天使というのもお似合いかもしれないわね。
ある種、吹っ切れた心境で更に階段を上っていく。
と、そこで階段を上りきり、鳥居を潜ったところで凛とした声色が私の耳に届いた。
「もう儀式は始まっているわよ? えらく遅かったわね。重役出勤って年ではないでしょう?」
「阿倍野輝夜……」
巫女服姿でいつもの能面フェイス。
右手に刀を持ち、彼女はバサリと左手で長髪をかきあげた。
「森下君じゃなくて残念だった?」
「……」
黙ってその場で立ち止まる私に、彼女はやはり無表情で問いかけてきた。
「ねえレーラ=サカグチ? 本当は貴方は私の側につきたい。森下君と一緒にいたい。違うかしら?」
「……」
そこで、声色に阿倍野輝夜は若干の怒りの色を混ぜた。
「いつもみたいに貴方の定めし貴方の法理の絶対事項っていう理屈で……クソ生意気に押し切ってみなさいよ? ねえ、ヴァチカンの定めをぶっちぎってみなさいよ? 貴方の売りはクソ生意気にワガママってところなんでしょう? ガラにもなくキャラを殺してるんじゃないわよ」
ワナワナと肩を震わせながら私は言った。
「アンタに……アンタに私の何が分かるって言うのよっ!」
「そんなの分かるわけがないじゃない。甘えているんじゃないわよ」
「……え?」
「だって私は貴方ではないもの。多少の推測はできるけど……貴方の事情なんて知らないわよ。分かるわけがないわよ」
「……」
「でも、これだけは断言できる。もう一度言うわよ。本当は貴方は私の側につきたい。森下君と一緒にいたい。違うかしら?」
「……うるさい」
「ええ、うるさいでしょうね。そういう風に聞こえるように言っているつもりだもの」
「……だから、黙れって言ってんのよっ!」
「黙れないわ。そういう性分だから」
「……」
「ねえ、レーラ=サカグチ? 要は貴方は自分ではどうして良いか分からないのよね? だったら、状況は非常にシンプルなのよ」
「シンプル?」
「日本って言うのはおかしな国でね?」
「突然何の話よ?」
「戦争が嫌いな国のよ。自衛のための武装すら認めないような輩がいるようなトチ狂った国よ。半世紀以上前にこっぴどくやられた……その後遺症の病的なアレルギーとでも言うのかしらね」
「……?」
「そのくせ、警察官はわんさかといるし、刑務所は作るのよ? 同胞でもない国外には武力行使を一切認めないのに、同胞である国内の一般人には治安維持という名目で武力行使を認める。警察という存在そのものについては文句を言う輩もいない。本当に意味が分からないわ……不思議な国よね」
「何が言いたいの?」
「戦争というのは交渉の最後の手段よ。そして、戦争を望んでいる人なんて、先進国……一定以上の教育を受けた人間の中では非常に非常に少数派なの。少なくとも先進国には戦争を進んでしたがるような輩はマジキチ以外には存在しない。政治家を補佐する官僚は優秀だし、そもそもの政治家を選ぶ国民も極一部を除いて馬鹿揃いではない。そして命の値段……国民感情と言い換えてもいいわね。リターンとリスクを考えた場合、非常に多くの場合は戦争という手段は大赤字となるわ」
「だから、何が言いたいかって言ってんだけど?
「そして――私も森下君も貴方とは戦争をしたくはない」
「だったらここをスルーして通してもらえると嬉しいんだけど?」
「それはできない。一般人に対する被害が甚大になってしまうからね。森下君は純粋な正義感。そして私は阿倍野として生まれた最低限の仕事がある。ここで仕事を放棄してしまえば私はただの外道に堕ちてしまうから」
「……」
「最終確認よ。交渉は決裂。最終段階に移行ってことで良いのよね?」
「……ええ。それで良いわ」
「森下君も含めて、私たちは戦争という手段に不要なアレルギーを持ち合わせてはいない。私達は夢想主義者ではなく、現実主義者(リアリスト)なのよ」
「……やるつもりなのね?」
「ええ。交渉は決裂した。そうであれば残る手段は戦争しかないわ。ルールは非常にシンプルよ。私が勝てば私に従ってもらう。そして貴方が勝てば私は貴方に今後手出しをしないことを約束しましょう」
そうして阿倍野輝夜は刀を構えた。
「アンタは話が早くて助かるわ。殺しちゃってもお互い恨みっこなしだかんね?」
「上等よ。殺れるものなら殺ってみなさい」
私もロンギヌスを阿倍野輝夜に向け、そして宣言した。
「さあ、はじめましょうか」
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