第71話VS レーラ=サカグチ その1

「無茶したみたいですね。首尾はどうでしたか?」


 箱根の山奥の廃神社で俺は阿倍野先輩に尋ねた。


「とにかく、物凄いことになっているわ。冗談抜きで完璧な仕上がりよ」


「いつもの強がりじゃあないんですよね?」


「ええ、槍でも鉄砲でも――完全武装のレーラ=サカグチでも何でも持ってきなさい」


 そうして俺はうんと頷いた。


「上出来です」

 

 そして、阿倍野先輩もまたコクリと頷いた。


「絶対にレーラ=サカグチを止めるわよ」


「ええ、俺たち二人で彼女達を……絶対に連れ戻します」

 












 サイド:レーラ=サカグチ


 箱根の旅館。

 湯上りの私は浴衣姿で窓際で玉露をすすっていた。

 茶菓子をかじりながら、夕焼けの空を眺める。

 そして長いため息をひとつ。


 ――私は半身と決別した。


 勇者様。 

 森下大樹という私の……幼少時代のかけがえの無いものを切り捨てた。


 心が張り裂けそうなほどに痛く、そしてポッカリと穴が開いたような喪失感を感じる。

 でも……と、私は思う。

 この9年間で私は大切なものを手に入れた。 

 馬鹿みたいに私のことをいつも気にして、私のためなら本当に命を捨てられるような。

 そんなお馬鹿な、狂おしいほどに愛おしい人たちに出会えることができた。

 

 ――だから、残った半身は絶対に守る。私の命にかえてでも……。


 と、そこで携帯が鳴った。


「……何?」


 聖騎士リンフォードからだった。


「少しお話がありましてね、親睦を深める意味もこめて、夜風にあたりながらでもお話をしませんか?」


「あいにくだけど、アンタとヨロシクする気なんてこれっぽっちもないんだけど?」


「分かりました。では、言い換えましょうか。これは命令です。ヴァチカンの意思だと思っていただいて構いません」


「……分かったわ」

 






 箱根の温泉街の片隅。

 飲み屋……バーに入ると金髪ロンゲのリンフォードがチャイナブルーのカクテルグラスを優雅な仕草で揺らせていた。


「で、何なのよ? こっちは後……1時間後には出撃なんだけど? ってか、そもそも私みたいな雑魚に任せず、アンタが打って出れば良い話じゃないの?」


「まあ、色々とぶっちゃけ話をしようと思いましてね」


「ぶっちゃけ話?」


「少し前の太平洋沖での新型爆弾の実験の話を知っていますか?」


 私もオフレコで、この前現地の確認をしたけど、現場には雷気が残っていた。

 やったのは多分アイツだ。多分……帰ってきて試し撃ちか何かをしたんだろう。


「いいえ、知らないわ」


「そして、九尾の復活の儀式……確か、復活の時期が間違いだったという話ですね」


 そこで私はゾクリと背中に嫌な汗を感じた。

 こいつ……ひょっとして気づいているの?


「で、それがどうしたの? 報告では復活時期の誤りだって聞いているけど……? まさか、阿倍野輝夜みたいなそこらにいくらでもいるような現地の退魔師が九尾を倒したと? ナンセンスにすぎるわね」


「あれ? おかしいですね?」


「ん?」


「九尾を現地民が倒すと言ったような非現実的な話は私は一切していませんよ? どうしていきなり話が飛躍して、女子高校生が九尾を討伐したみたいな話になっているんでしょうか?」


「……」


 見透かしたようにリンフォードは笑った。


「これは少し意地悪だったようだ。レーラさん? ぶっちゃけ話をしましょう。新型爆弾兵器実験、そして九尾の件……私には目星がついています」


「……」


「勇者……ですかね」


 ドバっと私の背中に汗が滝のように走った。


「勇者? 何のこと?」


「新型爆弾兵器実験、そして九尾の件……そして一人の少年。この件についてまだヴァチカンは気づいていません。そもそも異世界という存在もヴァチカンは知らない訳ですから」


「何のことを言っているのか分からないわ」


「貴方は秘密主義なんですね」


「……」


「私もまた異世界帰りです。だから、貴方が何者であるかも察しがついています。吸血鬼と天翼人……でしたかね。ヴァチカンに上手く奇跡認定されたようで運が良かったですね」


「……何言ってるかサッパリ分かんないんだけど」


「どこまでも秘密主義を貫くつもりのようだ。まあ、それは良い」


「……」


「ともかく、困るのですよ」


「困る?」


「異世界の存在をヴァチカンに知られるのは困るのです。あんなに簡単に世界のパワーバランスを崩壊させるような力を得ることのできる世界の存在を知られるのは……ね」


「……何が言いたいの?」


「私はヴァチカンのトップに上りつめる予定です。それまではヴァチカンには組織全体として弱いままでいてもらわないと困るのです」


「……」


「最初は貴方のことを消そうと思っていたんですよ。でも、ヴァチカンは何故か貴方に異常なほどの価値を認めているようです」


「自分でも良く分からないけどそうみたいね。ロンギヌスを与えられたし、勝手に使用してもお咎めは無いに等しいし」


「だから、貴方を消すのは現時点では得策ではない。私としても貴方とヴァチカンの関係性と言う状況も分からないままに動くのは下策です」


「……で?」


「今回の貴方の任務の全てを監視します。そして、仮に異世界の勇者……私の計画における不確定分子が出現するならば、その観察をね」


「観察?」


「先ほども言いましたが、状況も分からないままに動くのは下策です。不確定因子と友好な関係を築けるのか否か……まあ、私としてはあなた方が異世界についての情報をヴァチカンを始めとした闇の組織に漏らさなければそれで良いんですがね」


 ここで、完全に私は森下大樹とリンフォードの接触はロクなことにはならないと私は咄嗟に判断した。

 前回の決別の時も、ひょっとするとこいつは森下大樹に助けを求めることまで想定していたのかもしれない。

 いや、恐らくはそうだろう。

 ともかく、あの時に森下大樹に助けを求めなくて正解だったのは間違いがなさそうだ。

 後は、今回の件でアイツがしゃしゃり出てくれなければ良いんだけど……。


「何の話はかはサッパリ分からなかったけど用件はそれだけ?」


「狐と狸の化かしあいみたいな状況ですね」


 リンフォードはクスリと笑って、そして掌をポンと叩いた。


「ああ、もうひとつあります。今回の任務が終われば貴方のガーディアンズはアフリカに飛ばされます」


「アフリカ……?」


「紛争地帯の霊的治安業務ですね。あのあたりは呪術師が未だに表に出ていますし……状況はカオスです」


「ってことは私もアフリカに? まったく……人使いが荒いわね」


「いいえ、貴方は日本で私の監視下に置かれます」


「どういうこと?」


「私がヴァチカンに進言しました。不穏分子となりえる貴方に過剰な戦力を与えるな……と」


「私とガーディアンズとの分断工作ってこと?」


「本来は貴方達程度にここまでする必要は無いのですけれどね。ですが、ヴァチカンの貴方に対する異常な執着は気にかかる。そして、貴方の持っている異世界に対する知識は非常に危険です。まあ、人質と思ってもらって結構です」


「……人質? ガーディアンズを盾に取るっていうの?」


「異世界についてはこれからも私に対するそれのようにダンマリでお願いしますよ……そして、私の右腕となって、今後ヴァチカンで上り詰める私の功績の為に尽力なさいということです」


「もしもその言葉に背けば?」


「紛争地域ですからね。不測の事態で命を落とすような事故は付き物ということです。これからの貴方と同じような境遇の私……の子飼いの者は既に相当数になっているのですよ? 無論、ダース単位の人数でいつでも私がゴーサインを出せばアフリカにでもどこにでも刺客となって出向く、そういう戦力です」


「……」

 

 そこでリンフォードは楽しげに笑った。


「顔色が真っ青ですがどうかしましたか?」


「……とりあえず、今回の任務は完璧に遂行するわ」


 それだけ言うと私は立ち上がり、そしてバーを出た。 

 そうして、フラフラとした足取りで旅館へと戻った。


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