第75話VS レーラ=サカグチ その5
「……ただいま」
「うん。おかえりなさい」
そう言って阿倍野輝夜は――ガラにもなく優しい微笑を浮かべたのだった。
「いやはや、中々楽しい茶番劇でした」
「リン……フォード?」
倒れる阿倍野輝夜、その傍らに立つ私。
リンフォードは私に向けて歩を進める。
距離差は現時点で概ね10メートルといったところか。
「レーラさん? 私は貴方に神社の強襲を命令したのですが? 何をしているのでしょうか?」
私はリンフォードを睨み付けながら言った。
「私はもうアンタには従わないっ!」
「しかし、この結末は少し面倒ですね。ドミニオンズと聖騎士、そして巫女の小娘に勇者の皆殺しですか」
「まあ……」と、リンフォードは掌をパンと叩いた。
「レーラさん達はヴァチカンに対する明確な反逆とみなして粛清、そして勇者君達は今回の任務に邪魔に入った現地組織の人員を粛清したということで……まあ、その路線の言い訳での皆殺しといきましょうか」
そこで私は青ざめた表情を作った。
「私達の粛清ってどういうこと? それに……勇者……前は森下大樹に対する観察って言ってなかった?」
「観察は前回で終了していますよ。そして彼のMPがほとんど残っていないことは確認しています。今が絶対の好機です」
「……え? 本当に……どういう……こと?」
「彼を引っ張り出す為だけに貴方を泳がせていたということですよ。街中で襲うには我々の戦いは目立ちすぎて……ヴァチカンにも報告できませんから」
「それにね」とリンフォードはクックと笑った。
「そこの小娘に回復魔法をかけてMPを消費させる前提で、前回は貴方のガーディアンズ達にはそこの小娘を半殺しにしろとの命令も下しました。で、それも有効に作動しましたね。まあ、お膳立ては全て整っているということですよ。それに、そもそも……レーラさんは異世界について不要な知識を持ちすぎている。ここで粛清しないと後々の不確定因子となりえますからね。逆に、ここで殺さない理由を探す方が難しい」
「……なるほど……アンタはやっぱり……とことんまでの下種野郎みたいね」
「ほめ言葉と受け取っておきましょう」
そこで阿倍野輝夜が先ほどの戦闘の止血を行いながら私に尋ねてきた。
「ところでレーラ=サカグチ?」
「何?」
「あの優男が貴方がえらくビビっていた奴なの?」
「ええ、アレもまた異世界帰りみたいでね……物理攻撃反射と魔法攻撃反射を持つ……反則の塊みたいな男よ」
「反射スキル……か。これまたチートくさい能力ね」
「多分、森下大樹でもどうにもできない。物理法則を捻じ曲げてくる相手に……例え勇者のステータスでも立ち向かえるとは私には思えなかった」
「ええ、それが事実なら……私もそう思うわ。いや、事実なのでしょうね。でもね? レーラ=サカグチ?」
そこで阿倍野輝夜は断言した。
「それでも私はあの人を信じるわ」
と、同時に阿倍野輝夜は立ち上がった。
「アンタ……立ち上がっても大丈夫なの? 立ち上がることができるの? 結構な深手を受けているわよね?」
「できるできないじゃない。やるしかないのよ」
そうして阿倍野輝夜は腰から右手で長刀を抜き、左手で札をダース単位で取り出した。
「――二人で行くわよ」
「アンタと肩を並べて戦うなんて……いつぞやの神社以来ね」
「まあ、今も神社だけれどね」
フフっと私はそこで笑ってしまった。
と、そこでリンフォードの背後から蛇のような光の帯が10ほど発生した。
いや、蛇というよりも大蛇か。その長さは20メートルほどで、その直径は15センチといったところ。
「スキル:ファラオの蛇です。まあ、攻撃系スキルですね。光のオーラを実体化させて攻撃に使用します」
10匹の蛇の内の一本が私に襲い掛かってきた。
猛烈な速度で、とても私の反射神経では対応できない。
「神技:聖騎士の大盾っ!」
避けれないと判断した私は、ヴァチカン仕込みの防御術式を前方に展開させた。
「レーラさん? 正確に言うとその技の名称は光の小盾:レベル4というスキルです」
パリンと前方に展開させた魔方陣が砕かれ――
「一撃で粉砕されたっ!? キャっ!」
蛇の頭が私の腹部にクリーンヒットした。
私は盛大に後方に向かって吹き飛んでいく。
「ぐっ……」
内臓に重度のダメージ。
恐らく肝臓がオシャカになった。
背骨にも軽くヒビが入っている。
立ち上がろうとするけれど、足が言うことを聞いてくれない。
「この私が一撃で戦闘……不能?」
「これがスキル:ファラオの蛇……レベル10です。私の領域では攻撃力は非常に低いスキルですが、自動で周囲の敵を追尾して薙ぎ倒してくれます。まあ、攻撃力が低いといっても貴方達のスキルレベルの常識の範囲内では十分に脅威でしょうがね」
「ごあいにくね。レベル10なら私も使えるわ。スキル――神隠し:レベル10」
「なっ!?」
リンフォードの右方――手が届く距離まで阿倍野輝夜が迫っていた。
そうして彼女は刀を投げ捨てて、右手でリンフォードの口をこじあける。
「レーラ=サカグチに気を取られすぎたようね。そしてご自慢の魔法攻撃反射ということだけれど……これならどうかしら?」
そのまま、阿倍野輝夜は札を一枚リンフォードの口の中に突っ込んだ。
流れるような動作でリンフォードの口を閉じて――
「炎符術:花鳥の舞……零(ゼロ)距離爆撃」
反射のスキルって聞いた瞬間に……神隠しから始まって……ゼロ距離攻撃の……この戦略を一瞬で組みたてたって言うの?
こいつ……頭の中身が尋常じゃない。
悔しいけど、戦闘センスは私よりはるかに上ね。
で、リンフォードの能力はハッキリ言って完全にチート能力だ。
外部からの攻撃ならば完全に反射されてしまう。
でも、体の内部での爆発なら……確かにイケそう気もする。
そして、数瞬の後、阿倍野輝夜は口から炎を噴出して、その場にカクンと膝をついた。
チっと私は舌打ちをした。
どうにも、ゼロ距離からの攻撃でもキッチリと術者に反射は作用するようだ。
「本当にこんな方法で私にダメージを与えることができるとでも? いやあ、愉快なお嬢さん達だ」
「これで駄目ならお手上げね。念のため最小火力の術式で良かった。大爆符:メギドを使用していたら私は今頃爆発四散……」
そのまま、力なく阿倍野輝夜はうつ伏せに倒れる。
「とはいえ……体の中から焼かれれば流石に…………」
そうして彼女は気を失ってしまった。
「あ……」
駄目だ。
やっぱりこいつには何をやっても絶対に勝てない。
例え森下大樹が【雷神一閃(トールハンマー)】を使用したところで、地形を作り変えるレベルの圧倒的な雷撃も全て……反射されてしまう。
もう……本当にどうしようもない。
「絶望の表情ですね。本当に美しいですよ」
「リンフォード? 貴方の目的は……何なの? いや、貴方は何者なの……?」
「私は、異世界で絶対最強かつ絶対無敵の能力を手に入れました」
「絶対……無敵?」
「何者かと問われれば――現代世界に混沌をもたらそうとしている最強の破壊神としか名乗ることはできないでしょう」
確かにこいつは神と同義の存在と定義してもいいだろう。
なんせ、神の摂理である物理法則を捻じ曲げて、この世の誰もコイツに傷をつけることはできないんだから。
リンフォードが近づいてきて、私の頭を踏みつけてきた。
「しかし、ドミニオンズとは……組織内でかつて私が見上げていた存在は……このようなレベルの雑魚だったのですか」
徐々に力を込めているようで、万力に締め付けられたように少しずつ痛みが強まっていく。
1秒。
2秒。
5秒。
10秒。
「ぐっ……」
かけられた圧力が頭蓋骨の耐久の限界を超える。
これ以上力を込められれば……私の頭部は脳漿を巻きちらしながら四散するだろう。
さすがの私でも、頭を破壊されたら自動回復は不可能だ。
「止めなさい」
と、そこで阿部野輝夜は立ち上がった。
「つまり、貴方が先に死にたいと言うことですか?」
リンフォードは私の頭から足を外し、阿部野輝夜へと向けて歩を進めようとする。
「止めて……阿倍野輝夜には手を出さないで」
私はリンフォードの右足を掴んだ。
「はは、庇い合い……ですか。本当に茶番劇ですね」
そこでリンフォードは楽しげに笑い始めた。
「ハハ、ハハハハっ! ハハハハっ! 異世界に行って本当に良かった! ハハハっ! ハハハハっ! かつて……私が見上げ続けたドミニオンを今は……私が足蹴にしている。そうなのです! 私こそが最強なのです! 絶対者にして超越者であるこの私にできないことはこの世界には存在しないのです!」
そして、私の腹部にリンフォードは蹴りを入れる。
「ぐっ……かはっ……」
内臓のダメージが……更に増大。
元々、内部出血をしていただろうけど傷口が広がった形だ。
「かつては頭を垂れたドミニオンズの――その上位に属する者を足蹴にし、帰還後すぐに6聖天にも上り詰めた。そしてヴァチカンを掌握した後――私は全てを破壊するっ! 粉砕しつくし、蹂躙しつくし、徹底的に完膚なきまでにありとあらゆる全てを壊しつくしますっ!」
心の底から愉快だという風にリンフォードは私の頭にサッカーボールキックをしかけてくる。
「くっ……」
鼻骨にヒビが入ったか。
盛大に溢れでた鼻血が地面を朱色に染めていく。
「そう、私は最強の破壊神なのです、絶対にして最強の破壊神になるのです! ハハっ! ハハハハハっ! そうなのです! 拳銃から始まり、マシンガン、戦車、艦砲射撃、はてにはICBM――核兵器に至るまで……いかなる攻撃も私には通用しませ――」
と、そこで風が吹いた。
「――ゴブファっ!?」
ドゴンと鈍い音。
金属バットの一撃を、モロに鼻っ柱に食らったリンフォードは10メートルほど吹き飛んでいき、大木の幹にめり込んだ。
「この手ごたえ……反射スキルか。これまた面倒な奴が現れたみてえだな」
リンフォードは大木にメリこんだまま、しばし呆然の表情を作った。
そして、ツ――っとその端正な甘いマスクの通った鼻から一筋の赤い血液が流れた。
リンフォードは右手で鼻血を確認し、そして信じられないという表情を作った。
「…………物理反射……え? なんで鼻血……えっ?」
森下大樹は呆れたような表情と共に金属バットを構えた。
「スキル:勇者補正(チートブレイク)」
「チート……ブレイク?」
「テメエみたい反則スキル持ちはな……魔王の側近にはちょくちょくいるんだよ」
「……え?」
「で、何故に魔王があっちの世界であれほど恐れられるのか……それはテメエみたいなチートスキルをわんさか所持しているからだ」
「何を言って……?」
「そして何故に勇者が、魔王に対する人類の剣と呼ばれているか分かるか?」
そこで、森下大樹はニヤリと笑った。
「勇者は勇者補正(チートブレイク)のスキルを所有しているからだ。つまり俺は――反射スキルを無効化したんだよ」
その言葉を受け――
右鼻から血。
左鼻から鼻水を垂れ流し、リンフォードは呆けた表情でこう言った。
「…………ハァ?」
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