第74話VS レーラ=サカグチ その4

 サイド:レーラ=サカグチ



 全身に裂傷を受けながら私はイラ立ちと共にその場で叫んだ。


「ふざけてんじゃ……ふざけてんじゃないわよっ!」


 同じく、巫女装束を裂傷による血で染めた阿倍野輝夜は息を切らせながら小首を傾げた。


「ふざけている? 何のことかしら?」


「ロンギヌスを解禁した私に互角以上に対峙している。それだけでも訳が分からないのに……一体全体どういうことなのよっ!?」


「だから、何のことなのかしら?」


「符術すら使わず、腰の長刀すら抜かずに……小太刀一本で私を相手にするなんて……舐めてるんじゃないわよっ!」


 私は念を込め、魔力をロンギヌスと全魔装に流していく。

 赤いオーラが私の周囲を覆い、オーバードライブのギアを更に一時的に私は1段階アップさせる。


「オーバードライブっ! 第4階位:主天使(ドミニオンズ)から第三階位:座天使(オファニム)にギアチェンジっ! 正真正銘、これが今の私にできる全力全開の最大戦速よっ!」


 自分ですらも怖いと思うような力の奔流が体の奥底から溢れ出てくる。

 反射神経が極限まで研ぎ澄ませられ、半ば私以外の周囲の全てが止まったように感じるような――引き延ばされた時間の中で私は阿倍野輝夜に突撃を仕掛ける。


「なるほど。これが魔装天使の上位クラスの力か……確かに驚愕に値する速度ね」


 無表情で阿倍野輝夜はそう呟き、だがしかし――私の繰り出したロンギヌスの一閃を小太刀で弾いた。


「この短期間にどんだけデタラメに強くなってんのよっ!」


「むしろ私より一学年下でどうしてそんなにレベル1で強いのよ。ボチボチ貴方の戦闘力は音速の領域に達しそうな勢いよ?」


 阿倍野輝夜の返す小太刀を避け、私は一旦バックステップで距離を取る。


「私に勝てないのはもう分ったでしょう? そろそろ降参しなさい」


「確かに全力を出せばアンタは私より強い。でも、今のアンタじゃ私には勝てない」


「あら? どういうことかしら?」


「符術も長刀も使わない、慣れない小太刀を使うだけじゃ――私には勝てないって言ってんのっ!」


 全力で加速。

 そこで阿倍野輝夜は呆れたような表情を作った。


「先ほどの貴方の速度は見たわ。確かに早いけど十分に私で対応できる程度……って……どういうことっ!?」


「こちとらダテに天使の翼があるわけじゃないのよっ!」


 翼を羽ばたかせ、加速を更にブーストして超低空飛行に移行する。


「小太刀じゃ対処は不能のようね」


 そこで、阿倍野輝夜は遂に腰の長刀を抜いた。


 私の槍が阿倍野輝夜の肩口に繰り出され、日本刀が私の首筋に向けて振りぬかれた。


 ――相打ち。


 私は手加減して肩口を狙ったっていうのに……この女……的確に頸動脈を刀で振りぬいてきた。


 翼を併用した私の最大戦速と、ほぼ同速度での斬撃。


 確実に被弾したし、頸動脈どころか……恐らくは私の首骨の半ばまでを確実に切り裂くような深さで斬撃は入った。

 流石の私でもこのレベルの傷でも自働回復能力が有効に動作するかどうか分からない。

 下手すれば……死ぬ。


 と、右肩を貫かれ、噴水のように血を噴出させながらドサリと阿倍野輝夜はその場で倒れた。

 

 そして私もまた糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れ……ることはなかった。


 切られたはずの首筋を確認するも、そこには一切の傷が無かった。

 私は地面に倒れる阿倍野輝夜の手に握られた刀を確認して、その場で思わず膝をついた。



「竹……光?」


「ええ、そういうことね」


 刃のついていない、殺傷能力の無い……竹でできた刀。

 こいつは……最初から私を万が一でも殺すつもりが無かった?

 だから、最初から小太刀……を?

 阿倍野輝夜の肩口から止めどなく溢れる血液。

 傷は決して浅くはない。手当が遅れれば自働回復能力がなければ失血で命にかかわるだろう。

 私は悲壮な表情で小さく呟いた。


「わたし……酷い事……酷い事を……しちゃった……ご、ごめ……ごめん……ごめんなさ……い……私……私……」


 蒼白の表情になっているのが自分でも分かる。

 そこで阿倍野輝夜は首を左右に振った。


「ねえ、レーラ=サカグチ? 私には友達がいないわ」


「そんなことは……知っているわよ。突然何の話よ?」


「貴方も友達がいないわよね?」


「ええ、そうね」


「でも、最近……私には友達ができたの」


「森下大樹のこと?」


「いいえ、レーラ=サカグチっていう素敵な女の子よ」


「……え?」


「もしも、貴方も私のことを友達と思ってくれていたら……私、とても嬉しいわ」


 そこで私の瞳に涙が溢れた。


 ——口が悪くて


 ——性悪で


 ——オマケに私の恋敵で



 心の底からうっとおしくて、マジで殺そうと思ったことも一度や二度じゃない。


 でも――


「ズルい……本当にズルいわね……アンタ」


 阿倍野輝夜の言葉は刀で心臓を貫かれるよりも……私の心を抉り、そして痛く切ないものだった。


「で、どうするの? レーラ=サカグチ?」


 どうするもこうするも、もう……決まってんじゃん。

 この私が……アンタなんかの前で大泣きに泣いて、情けなく肩を震わせてんだから、もう決まってんじゃん。

 もう、アンタ等に槍を向けることなんて……できる訳がないじゃない。


 これ以上私をミジメな気持ちにさせるつもりなの?


 どこまでアンタは性悪なのよ。


「……ねえ、阿倍野輝夜?」


「何?」


「私……こういう時、どう言えば良いのか……分からないわ」


「貴方はただ、自分の居場所に戻ってこようとしているだけよ。だったら、ただいま……と言えば良いんじゃない?」


 うんと頷いて、私は盛大に涙を流しながら、けれども……しっかりと笑みを作って力強く言った。


「……ただいま」


「うん。おかえりなさい」


 そう言って阿倍野輝夜は――ガラにもなく優しい微笑を浮かべたのだった。



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