第76話VS レーラ=サカグチ その6

「勇者は勇者補正(チートブレイク)のスキルを所有しているからだ。つまり俺は――反射スキルを無効化したんだよ」


 その言葉を受け――

 右鼻から血。

 左鼻から鼻水を垂れ流し、リンフォードは呆けた表情でこう言った。



「…………ハァ?」







 私達の眼前30メートルほどの距離。



 10匹の大蛇が縦横無尽に空を駆け、そして森下大樹に襲い掛かっていく。

 だが、涼しげな顔の森下大樹は金属バットでリンフォードのファラオの蛇を叩き落していく。

 

「ぐっ!」


 叩き落とされたそばから光の大蛇は消失し、すぐに新規の蛇がリンフォードの背後から出現する。


「蛇よっ!」


 そして、再度、蛇は森下君に襲い掛かるが、先ほどのリピートとばかりに金属バットではたき落とされる。


 森下大樹はニヤリと笑った。


「えーっと……確かこれはファラオの蛇か。面倒くさがりのS級冒険者が自動迎撃機能ってなもんで雑魚狩りに使用してたりするな。だが、所詮は特殊機能のイロモノ系の迎撃スキルだ。テメエは反射という絶対スキルに溺れて……自分の手を汚すのを面倒くさがったみてえだな? まあ、ただ突っ立ってるだけで相手が死ぬんだから楽っちゃあ楽か。だが、こんなもんは俺にとっちゃあ春のそよ風だぜっ!」


「くそ……」


 リンフォードが狼狽した表情を見せながら、再度蛇を出現させる。

 そうして森下大樹は再度、神速と言って良い速度で光の大蛇を空中で叩き落とした。

 

「すごい……アレが勇者なの? 私たちとは次元が違う……」


「いや……九尾戦の時の森下君と比べれば今の彼は大人と子供ほどの戦力差があるわ。それに……不味いわね」


「不味いって?」


 森下大樹が阿部野輝夜に視線を向けてきた。

 そして阿部野輝夜はファックサインと共に首を左右に振った。


「ファックサイン……どうして?」


「私達だけは逃げろと……彼が伝えてきたから。彼、ここで自分だけを犠牲にして死ぬつもりよ」


「逃げろって? 今、どう考えても押せ押せムードじゃん?」


 と、そこでリンフォードはクスリと笑った。


「ところで勇者君? どうして……貴方は全てのスキルを開放しないのですか? まるで時間稼ぎをしているように見えるのですが?」


 森下大樹はそこで初めて余裕の笑みを崩した。


「……テメエ程度には身体能力強化だけで十分だ」


「はは、強がりは良いですよ? それ以外のスキルを展開することができないのでしょう?」


「……」


「反射を無効化されたとはいえ、貴方が無効化できるのあくまでもチートのスキルのみのようです。つまりは私の聖騎士特有の異様な堅さまでは失われてはいない」


「……」


「足りていないのでしょう? MPが」


「……そのとおりだ。ここで追加でスキルや魔法をぶっ放すと俺のMPは瞬間に枯渇する。その場合はテメエを瞬殺することが絶対条件となるが……刹那の時間でキメることはできねえだろうな。そして、身体能力強化だけだとテメエを沈めるのに時間がかかりすぎるのも間違いない」


 そこで森下大樹は私達に向けて叫んだ。


「阿倍野先輩っ、サカグチさんっ! 俺が時間を稼ぎます! わずかなMPとはいえ、身体能力強化だけならしばらく持つ……その時間ならこいつを抑えておくことならできますからっ! 逃げてください!」


 そこで阿倍野輝夜は吐き捨てるように言った。


「貴方の言うつもりを聞くつもりなんて欠片もないわ」


「もーーーー! 本当に何なんだよアンタっ! お願いですから言うこと聞いてくださいよっ!」


 森下大樹は涙目になりながらリンフォードに突撃していく。

 光の大蛇をかいくぐり、リンフォードのドテッ腹に金属バットのフルスイングをきめる。

 リンフォードは苦痛に顔をしかめながら吹き飛んでいくが……軽症と言うレベルにとどまっている様で、決定打にはなりえない。


 そして、再度……光の大蛇が出現する。


 余裕で大蛇を捌いているように見えて、実は良く見ると森下大樹は結構ギリギリなようだ。

 実は動きに焦りがあるということが、MP……この世界風に言うのであれば魔力切れと言う言葉を聞いた後であれば良く分かる。


「完全に拮抗状態ね」


「でも、森下大樹が確実に押しているわ。既に打撃も5発決めている」


「けれど、そのどれもが決定打にはなっていない。行動不能まではほど遠いわ。時間が無限にあるなら……楽観できるんでしょうけれど」


「……後、森下大樹の魔力がもつのはどれくらい?」


「正確にはMPね。私には分からないけれど、森下君が逃げろと言っているくらいだから……ボチボチじゃないかしら?」


 言葉と同時、森下大樹のまとうオーラが一段間弱くなった。


「身体能力強化レベル10からレベル6に――シフトダウンっ!」


 森下大樹の言葉と同時、リンフォードはニヤリと笑った。

 そしてここぞとばかりに10匹の大蛇が一斉に森下大樹に襲い掛かった。

 1匹、2匹を叩き落して、3匹、4匹……7匹目を叩き落としたところで遂に被弾。


「が……はっ……っ!」


 3匹の大蛇の頭による突撃を受け、森下大樹はバックステップでその場を避難した。


 そうして一旦仕切りなおした後、再度襲い掛かる3匹の大蛇を金属バットで叩き落した。


「押され始めたわね」


「ちょっと……どうすんのよ阿部野輝夜!?」


「黙りなさい」


「……え?」


「考えている……考えているけれど……今はどうにもならない。私達にできること、彼にできること、リンフォードにできること、全てを計算したけど……現状はどうにもできそうにない。どうにかするためのピースが足りない」


「このままじゃ……このままじゃ……私が助太刀に行くわ! 何ができるかは分からないけど……」


 膝を突いたままだった私は立ち上がろうとし、それを阿部野輝夜は手で制した。


「堪えなさいっ! レーラ=サカグチっ!」


「えっ?」


「最終的な玉砕は賛成するわ。でも、結果……駄目だったとしても、彼が動いているうちは……ギリギリまで考えましょう。今、この状況で無駄にこちらの戦力を浪費することは許さないわ」


「そんなこと言ったってどうすりゃ……ああっ!」


 再度出現した10匹の蛇。

 9匹までを叩き落したところで、彼は金属バットを残る最後の蛇に弾き飛ばされた。

 続けざま、蛇の頭突きを食らって森下大樹自身も吹き飛ばされる。

 これで私達と彼との距離は50メートルほどに離れた。

 そして、最悪な事に聖剣エクスカリバーは彼の手から滑り落ち、彼方の方角――森の中に飛ばされた。


「チィっ!」


 舌打ちをしながら、森下大樹は丸腰のままで大蛇にヘッドロックを決めた。

 そうして頭をヘッドロックで粉砕された最後の光の蛇が消え去り――


「不味いな。もうもたねえ。身体能力強化レベル6からレベル3に――シフトダウン」


 醜悪な笑みを浮かべたリンフォードはエクスカリバーの飛ばされた方角を眺めた。


「異世界に流れた最強の聖遺物のひとつ……聖剣エクスカリバーですか。森の中で探すのは骨が折れるでしょうが、後に私が有効活用させてもらいましょう」


「くっそ……」


「悔しいでしょうね。MPさえ完全であれば貴方にとっては私は三下中の三下です。あるいは、異世界にいる勇者率いる世界最強のパーティーのお仲間がこの場にいれば……話は全く違ったでしょうが、この場には雑魚しかいない」


「あーー、もうっ! 本当にどうすりゃ、どうすりゃ良いのよっ!」


 と、そこで周囲に1500CCのモンスターバイクの爆音が響き渡った。

 猛烈なエンジン音、そして急ブレーキの音と共に私達の眼前に5台のバイクが止まった。


「……セラフィーナ?」


 バイクから降りたセラフィーナ達に、リンフォードが喜色の表情で声をかけた。


「良いところにきました! この男の魔力はもうすぐ尽きる! 私の蛇と共にダメ押しで突撃をしかけなさいっ! レーラさんと違って貴方達はまだヴァチカンに従順なはずですっ! これは命令ですっ!」


 その言葉を受けてセラフィーナはリンフォードを睨み付けた。


「断るっ! 姫に仇なす……この……下郎がっ!」


 一瞬だけリンフォードは呆けた表情を作った。

 そうしてすぐにすまし顔で微笑を浮かべた。


「まあいいでしょう。命令を聞こうが聞くまいがどうせ全員皆殺しです……一人残さずにね。フハハ! フハハハっ!」


 高笑いのリンフォードを横目に私はセラフィーナに尋ねる。


「貴方達……どうして……?」


 地面に膝を突き、セラフィーナは私を見据えて力強く言った。


「姫、ご命令をっ!」


「命令?」


「森下大樹に助力せよとの――ご命令をっ!」


「えっ……?」


「僭越ながら、我々は現時刻をもってリンフォードに反旗を翻したく思います。西の神社からの道すがら、全員で話し合って決めました」


「貴方……今、自分が何を言っているのかわかっているの?」


 そこでセラフィーナは覚悟を決めた表情で頷いた。


「分かっています。例えそれでヴァチカンに敵対することになってもかまいません」


「……本当にその覚悟が貴方達にあるの?」


「姫っ! お願いします。ただ一言で良いのです――森下大樹に助力せよとの……ご命令をっ!」


 そこで阿倍野輝夜が私に尋ねてきた。


「聖騎士の任務はドミニオンである貴方の物理的な護衛。いや……それ以上に、自動回復能力に使用する貴方の魔力が尽きた際の魔力譲渡が主目的。つまりは……彼女たちは貴方のMPの乾電池ということね?」


「ええ」


「なるほど……そういうことね」


 私の言葉を受け、阿部野輝夜は思案を始める。


「でも……セラフィーナ? 本当にそれで良いの? ヴァチカンに敵対することになる可能性が極めて高いわよ?」


「それが、姫の願いなのでしょう? なれば我らは姫の御心のままに。それが我等の総意なのです」


「魔力譲渡の方法はエナジータッチ……つまりは対象に触れる必要がある。私のその命令は……今、この場で死ねって言っているに等しいわよ? 私を一撃で戦闘不能に追い込む……あの光の蛇をかいくぐって森下大樹のところまでたどり着けって話なんだからね」


「我らの命であれば、9年前に姫に救われた際に既に捨てて……いや、あの日、あの時、あの場所で姫に捧げております」


 笑うセラフィーナ達に、私はうんと頷いた。


 そして、再度、新しい涙が私の瞳に溢れてきた。


「ははっ。アンタ等……本当に最高のガーディアンズだわ」


 目じりに溜まった涙を小指で吹いて、そして私は微笑を浮かべた。


「ありがとう。うん……本当にありがとう」


 私は立ち上がる。

 正直、膝も笑っていてフラフラだ。

 けれど、それでも指揮官として精一杯の力強い表情を無理やりに作る。

 そして、しっかりとセラフィーナ達を見据える。


「姫の最終決定をお伝えください。姫の定めし姫の法理の決定事項を我々に――お伝えくださいな」


 そして左手を腰にやり、右手でヴィシっと森下大樹の方角を指し示した。


「アンタ等の全身全霊をもって森下大樹を――援護しなさいっ! 森下大樹の魔力は枯渇しているわ! リンフォードのファラオの蛇をかいくぐって、森下大樹に直接触れて――貴方達5人の全員のありったけの魔力を譲渡しなさいっ! ただし、任務終了後にただ一人の欠員も絶対に認めないからねっ!? これは――私の定めし私の法理の決定事項よっ!」


 私の言葉に頷き、セラフィーナは叫んだ。


「ガーディアンズ総員に告ぐっ! 仕える者を間違えるなっ! 我等が主君はただ一人っ! 主君――レーラ=サカグチへの忠誠こそを――全うせよっ! 命を惜しむな! ただし総員――死んでも死ぬなっ! 命令を忠実に遂行せよっ! 姫を……絶対に悲しませるなっ!」


 ――応っ!









 その掛け声と共に全員がバイクにまたがり、アクセルに手をかけた。


 そこで阿倍野輝夜は瞼を閉じる。


「ちょっと、阿倍野輝夜?」


「黙りなさい! 今、私の頭はフル回転しているの!」


 そして阿倍野輝夜はコクリと頷いた。


「全てのピースは揃った。これで勝てるわ。ただし、全てが上手くつながってくれれば……だけれど。これは、一手でも間違えればそこで全てが終了する――薄氷の上で全力疾走するような……そんな危ういバトンリレーよ」


 そう言うと、阿倍野輝夜は私にアイコンタクトをとってきた。


「あなたのやることは分かっているわね? レーラ=サカグチ?」


 ってか、本当になんでコイツとは息ピッタリなんだろう。

 目を見ただけで、コイツが私にやれって考えてること……わかっちゃうんだもんね。


「私の仕事はガーディアンズが森下君のところまで到達する為の露払い。そしてロクに動けない貴方は――」


「ええ、私は彼に……必ず届けるわ」


 満足げに阿倍野輝夜は頷いた。


「自分の仕事はきっちりと完遂しなさい。任せたわよ」


 次に阿倍野輝夜は森下大樹にもアイコンタンクトを送る。

 向こうも阿倍野輝夜の意図を理解したらしく、小さく頷いた。

 そうして、阿部野輝夜はセラフィーナの駆るバイクの後ろにまたがった。


「阿倍野輝夜……貴様……何のつもりだ?」


「いいから乗せなさい。私無しでは貴方達はあそこまで絶対にたどり着けないわ。絶対にね」


 そうして私はギュっと拳を握り締めた。


「さあ、反撃のターンはここからよっ!」







 フルアクセルのバイク音。

 眼前50メートルの森下大樹に向けて6人が突撃していく。

 

「勇者ですらも素のステータスでは対処できないのに……雑魚共が――10匹の大蛇をかいくぐってこの距離を抜けるとでも!?」


「大爆符:メギド。爆符:極獄炎……そして雷符:潜土竜(せみもぐら)」


 ありったけの札を懐から取り出し、阿部野輝夜は前方へと投げつけた。

 いや、正確に言えば周囲の地面に向けて投げつけた。


 大爆発の音が響き渡り、そして一面は炎と白煙と土煙に包まれる。

 そこでリンフォードの声が聞こえてきた。


「煙幕? ハハ、それが貴方達の策ですか? あいにくですがファラオの蛇は視覚だけなく音にも反応します。多少命中率は落ちますが、そんなけたたましい爆音をまき散らすバイクでは的にしてくださいと言っているに等しいですよ?」


 10匹の蛇が煙の中に突き進み、そして煙幕の中で5回の爆発音が聞こえた。

 バイクの破片が飛び散り、ガソリンの燃えた匂いが周囲に立ち込める。


「確かに私の蛇はバイクに着弾しました。これで終わりです」


 リンフォードの高笑いが周囲に響き渡り、そして強い風が吹いて煙が晴れた。


 と、同時に私の頬が思わず緩んだ。

 

 煙が晴れた先では、バイクは確かに爆発四散していた。

 

 でも……。


「ええ、これでおしまいよ――貴方がねっ!」


 ――全員が自らの足で走っていた。


 つまりは、阿倍野輝夜を含めて6人全員が煙幕を張った瞬間にバイクを乗り捨ててたのだ。

 まさかの、バイクをオトリに使っての全員での全力ダッシュ。

 そもそも、セラフィーナ達レベルになると普通に全力だと時速100キロ近くで走ることはできるし、短距離走でバイクを使う意味は薄い。

 確かにそれはそうなんだけど……。


「はは、はははっ! 流石は性悪の……常日頃から他人への嫌がらせのことばっかり考えている阿倍野輝夜だわ……この発想は私には絶対に無理っ! ってか、クール系の見た目で実際にクール系なのに……下ネタ酷いし、性格最悪だし、寄行ばっかだし……本当にあの女は頭の中どうなってんのよっ!」


 そうして森下大樹の下に辿り着き、セラフィーナ達は次々と彼に掌を触れていく。


「先ほどの神社では『お前らの意思はそこにあんのか?』などと……よくぞ好き放題に言ってくれたな? 受けた屈辱は100倍にして返してやる! 受けとれっ! 森下大樹っ! これが我等の意思……姫のガーディアンズの――矜持だああああああああああっ!」


 そうして、青白い光に森下大樹は包まれ――咆哮した。


「MP充填完了っ! 戦闘スキル――全稼動(フルオープン)だっ!」




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