第47話 VSヤクザ屋さん その4

「だからさっきから何が言いたいんだ……?」


「言いたいことは非常にシンプルよ。つまり――」


 と、そこで阿倍野先輩は長髪を右手でかきあげた。




「——小虫を捻りつぶすように簡単に叩き潰してやるから……早くかかってきなさい。ボンクラ」




 そこで黒スーツの男は大笑いを始めた。


「なるほど。こちらの美人なお嬢様は頭のセンがぶっちぎれちまっているらしい。おい、本当に痛めつけても良いぞ。ただし、外傷は残すな」


 そこで阿倍野先輩は心のそこから嬉しそうに口元を吊り上げた。


「私はアベノよ」


「ハァ?」


「――良いのね? アベノと知った上で、ヤクザである……法律の枠外の闇の世界で生きる貴方たちが私に手を出すのね?」


「本当に何言ってやがんだ? 頭おかしいのか? ともかく、俺はお前を痛めつけるからな」


 心の底から愉快だと言う風に阿倍野先輩は長髪を右手でかきあげた。


「ふふっ。アベノに手を出しても本当に良いのね? これは公式にアベノに対する宣戦布告と受け取っても良いのね? 全面戦争と受け取っても良いのね?」


「兄貴? こいつ本当に頭ブっとんでやがりますわ」


 大男の言葉を受けて『はてな……?』と黒スーツの男は小首をかしげた。


「アベノ? 何か聞いたことあるな……まあどうでも良いか。おい、島袋! やっちまえ!」


「完全に宣戦布告ね。もう、言い訳は聞かないわよ?」

 

 そうして阿倍野先輩は俺に顔を向けてウインクをした。


「っていうことで……喜びなさい森下君。ゴールドラッシュ確定よ」


「ゴールドラッシュ?」


 阿倍野先輩の謎の言葉は置いといて、俺もこいつらに言うことがあるのだ。

 俺はコホンと咳ばらいをした後、黒スーツの男を睨みつけた。


「おい、ちょっと待て」


「ようやく謝る気になったかクソガキ?」


「こっちはハナから穏便にすませたいって気持ちじゃねえんだ。でも、色々めんどくせえから温情で穏便にすませてやろうってつもりだったんだよ。で、お前らは本当に委員長から借金を取り立てるんだな? 借金でも何でもないものを暴力にモノを言わせて無理やりに本当に取り立てるんだな? それで良いんだな」


「ああ、俺らはメンツの商売だ。だから――取り立てる」


「本当にそれで良いんだな?」


 男は涼し気な表情でゆっくりと頷いた。


「ああ、それで良いよ。おい、島袋!」


「はいっ! 兄貴!」


「いい加減にこの世間知らずの……頭でっかちのガキ共を黙らせろ!」


「うっす!」


「阿倍野先輩? 殺しちゃ駄目ですからね? あんまりやりすぎないでね?」


 そうして、大男は阿倍野先輩に向けて踊りかかった。


「――同じく闇の世界に生きる者として、貴方の暴力を戦闘能力として採点してあげる」


 阿倍野先輩は大男の右ストレートを半身になってかわして、流れるような動きで大男の懐へと潜り込んだ。そして、襟首と右手を掴んで、そのまま背負い投げの態勢に移行する。


「貴方の暴力――零点ね」


 大男が弧を描いて宙に舞い、そして床に向けて頭から叩きつけられようとした時――


 ――グギャリ


 床に頭が叩きつけられると同時に阿倍野先輩のローファーによる爪先ローキックが大男の顔面に突き刺さった。


 投擲と同時に打撃を決めやがった……これは相当にエゲつねえ。


「阿倍野流合気道――龍弧閃蹴」


 と、技名を言い放った阿倍野先輩はドヤ顔を浮かべていた。


 いや、これ……合気道か?

 ってか、常人相手だとやっぱり阿倍野先輩は桁違いに半端ねえな。

 戦国時代とかだとマジで一騎当千なんじゃねーかな。


 まあ、そこは置いといて。

 顔面を陥没させて、泡を吐いてその場で気絶させた大男を見て、黒スーツの男の男はパクパクパクと金魚のように口を開閉させていた。

 そして、黒スーツの男は茫然とその場で立ちすくみながら口を開いた。


「島袋……一撃? 泡吹いて……ゴリラみたいな大男を細身の女子高生……一撃? そ、そ、そ、そっ……そんな……そんな……そんな馬鹿な……っ! こんなことが現実的に考えて起きる訳が……」


 そこでニコリと阿倍野先輩は笑った。


「で、次は貴方?」


 黒スーツの男は顔面を陥没させて泡を吹き、ピクピクと痙攣している大男を見て――



 ――ブルブルブルと何度も首を振った。



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