第46話 VS ヤクザ屋さん その3

 サイド:森下大樹



「ハハハっ! 子供の浅知恵とは正にこのことですよ?」


 雑居ビルの事務所の応接室。

 広さは8畳程度だろうか。

 俺と阿倍野先輩と委員長と、そして黒スーツの男と黒Tシャツの大男。

 5人が黒皮のソファーに座って、ガラスのテーブル越しに対面している状況だ。

 ちなみに、阿倍野先輩は『儲かりそうだから。私はお金は好きよ』という謎の言葉とともについてきた。



 と、まあそんなこんなで虎の毛皮が飾られた応接室で、黒スーツの男が爆笑を続けている。


「子供の浅知恵?」


「ええ、親の借金を子供が払うのは当たり前の話でしょうに?」


「だから、法律に則って委員長の家族は相続放棄をするって言ってんだろ?」


「だから、それが浅知恵だといっているのです。大人の社会は複雑怪奇でしてね? 貴方のような子供が大人の金銭貸借契約について聞きかじりの浅知恵で顔を突っ込まないでもらえないでしょうか?」


「だから、どの辺りが浅知恵なんだよ?」


「高校生の言う言葉が浅知恵以外の何と言うのでしょうか? ハハっ……ハハハッ!」


 そこで阿倍野先輩が俺に耳打ちしてきた。


「相手も金融屋。知識はあるはず。法律論では負けるのが分かっているから――聞く耳を持たないという戦法を取っているようね」


 まあ、そんなところだろうな。

 と、そこで黒スーツの男はパンと手のひらを叩いた。


「と、いうことで大人の法律は複雑怪奇なんですよ。とにかく、そちらの村山さんには払ってもらうものは払ってもらわなくてはならないので……納得して引き下がってもらえませんか?」


「納得できねえな。法律ではこっちに分がある。引き下がる理由が無い。具体的に俺の言い分のどこが間違っているか教えてもらえないか?」


 そこで、目の色を変えて黒スーツの男は俺を睨み付けてきた。


「ああ、そうだよ。法律じゃあ確かにお前の言うとおりだ。だが、法律とか訳のわかんねえこと言ってんじゃねえぞ? 俺は暴力団だ。ガキにも分かるように言えばヤクザだ。法律の範囲の外にいるから暴力団なんだよ」


 すげえなと俺は笑いそうになる。

 ごまかしが通用しないとなれば、即時に恫喝か。

 今時、こんなシーラカンスみたいなヤクザもいるんだな。


「お前らがヤクザの金融屋なのは知ってるよ」


「なら、こちらが笑っているうちに――」


 そして男は大声で怒鳴りたてた。


「――怪我をしない内にとっとと引っ込め! クソガキがっ!」


 そこで黒スーツの男はタバコを手に取って火をつけようとした。


「タバコは嫌いなの。吸わないでいただけるかしら?」


 阿倍野先輩の言葉をガン無視して男はライターでタバコに火をつけた。


「今すぐタバコの火を消しなさい」


「やかましいっ! テメエもソープランドに沈めてやろうか?」


「やれるものなら――やってみなさい」



 阿倍野先輩のコメカミに青筋が浮かんだ。

 そして彼女は微笑を浮かべるが、目の奥は冷たいままだ。


 あ、これはアカン奴や。

 と、それはともかく……。


「とにかく、穏便にすませましょうよ。法律に則って村山家は相続放棄を行う。それでチャラで良いじゃないですか」


 そこで男は深いため息をついた。


「お前ら何なんだよ?」


「何なんだといいますと?」


「まるで――ヤクザを恐れてねえみたいに見えるんだが?」


 まあ、俺は勇者で、阿倍野先輩は退魔師だ。

 雑魚以下の暴力しか有していない、弱いものを脅すことしかできないクソゴミにビビる道理は欠片もない。


「まあ、とにかく、チャラですからね?」


「やっぱりお前らヤクザを舐めてやがんだな? 俺らも面子の商売だ。ちょっと……怖い目にあってもらおうか」


 その言葉で黒スーツの男の隣に座っていた大男が立ち上がった。

 

「こいつは空手3段の……暴力事件で前科6犯のハネっ返りだ。安心しろ……ほんの少し痛い目にあってもらうだけだ。ああ、ちなみに今すぐ土下座して謝るなら……このまま何もなくお引取りしてもらっても構わんぞ?」


 大男が一歩こちらに近づいた時、阿倍野先輩が立ち上がった。


「普段から弱いものイジメをしているので自分達が強者になったとでも思っているの? 確かここは広域暴力団組織の傘下の傘下の傘下の傘下の最底辺下部組織よね? そして、大本の広域暴力団組織の総本部にしても……自動小銃で武装した機動隊員が20名もいれば本気出せば20分以内で皆殺しよ。貴方達の暴力なんてその程度なのよ。軍隊が出るまでもないわ」


 黒スーツの男が顔を紅潮させる。


「おい、メスガキ? お前今……何ていった?」


「国家にお目こぼしをしてもらって組織を存続させてもらっているっていう分をわきまえなさい。何が暴力団よ。貴方たち程度の連中がどんなまともな暴力を行使できるというの? 中東のガチな連中と比べるのもおこがましいわ。武装した自衛隊訓練生の30人に比べても貴方たちなんて……本部レベルでもクソ以下のゴミ雑魚じゃない」


「何言ってんだよお前?」


「事実を指摘しているだけよ。貴方たちの装備……拳銃(チャカ)と小刀(ドス)? 本当に笑っちゃうわ。そこらで歩いている拳銃持っているお巡りさんだって、貴方たちと違ってちゃんとした訓練を受けているのよ? 暴力のエキスパート気取りのまがい物の何かとは違って、そこらのお巡りさんですら……人を殺すことまでを想定とした拳銃の取り扱い――本当の暴力を学んでいるのよ。まあ、その気になれば貴方たち3人なんて一人で殺せるわね」


「何が言いたいんだ……クソガキ?」


「貴方たちね? ゴキブリみたいに数だけはそれなりにいるけど、装備が貧弱。訓練が貧弱。個々の力が貧弱。暴力組織としてありえないレベルで脆弱でお粗末よ。後、せめて暴力組織を名乗るならヘヴィーマシンガンと装甲車程度は複数所持しなさい。お話にならないわ。再度言うけど、暴力組織ってのは中東のガチな連中のことをいうのよ。貴方達はあくまでも国家にお目こぼしされて、軍隊や治安維持組織という本当の暴力の行使を差し控えてもらっていることによって……存在が許されているのよ?」


「だからさっきから何が言いたいんだ……?」


「言いたいことは非常にシンプルよ。つまり――」


 と、そこで阿倍野先輩は長髪を右手でかきあげた。




「——小虫を捻りつぶすように簡単に叩き潰してやるから……早くかかってきなさい。ボンクラ」




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