第81話 幕間 ラーメン大好き輝夜にゃん 前編



 ガタンゴトンと電車の音。

 学校帰りの俺は、阿倍野先輩と共に電車に乗り込んで横浜の関内駅に向かっていた。


「ようやく約束を果たす時がきたわね」


「九尾を倒した後に色々約束しましたからね。で、ラーメンを食いに行くってのは今回で達成ですね。その次は海ですか?」


「ええ、まずはビキニを一緒に買いにいきましょう。そしてその次は……コンドームとラブホテルね」


「コンドームとラブホテルについては……約束はしてませんよ」


 ゲンナリとする俺に、フフっと阿倍野先輩は微笑を浮かべた。


「ところで美味いんですか? そのラーメン屋は?」


「ええ、関東中のそこらにたくさんあるラーメン屋さんだけれど、とても美味しいわ」


 チェーン店か……と俺は溜息をついた。

 ウチの母ちゃんは飯が美味いから、ぶっちゃけた話……普通のチェーン店のラーメン屋は興味ねえんだよな。

 まあ、不味いとは思わないけれどさ。


 と、そこで阿倍野先輩は向かいに座っているロシア人と思わしき女子小学生に視線を移した。

 小学校低学年だろうか、日本の制服を身にまとった現実離れした美貌を伴った可愛らしい子供だった。


「……ねえ、森下君?」


「何でしょうか?」


「……外人の子供って反則だと思わない?」


「まあ、可愛い子なんかは正に天使としか表現できないですね」


 そこで先輩は「天使……」と溜息をついた。


「だから、貴方は……幼いアリエルに興味を持ったのね」


「ここでレーラは関係ないでしょうが」


 若干不機嫌になりながら、先輩はカバンから携帯電話を取り出した。

 そうして彼女はしばらく携帯を弄って俺に問いかけてきた。


「森下君?」


「何でしょうか?」


「ニュースによると……横浜市内で……女子小学生に声をかける不審な男の事件が発生しているらしいわ」


「そうなんですか。それで?」


「どうにも、声をかける際に下半身を露出しているらしいわね」


「それはとんでもない変態ですね」


「ねえ森下君? 今から私……大事な提案をするわね?」


「はい、なんでしょうか?」


「貴方――」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――高跳びするなら今のうちよ?」



 ん? 何を言っているんだこの人は。


「高跳びですか?」


「ええ、経験上……どうせバレる場合という前提なのだけれど、小さな過ちはすぐに謝れば良いわ。でも、大きすぎる過ちは……隠ぺいするか……逃げるかしかないわ」


 イマイチ何を言っているのかわからない。


「でも、警察相手に隠ぺいは中々難しいわ。この場合は既に事件が露呈しているので、買収から口止めというパターンも無理だし……」


 と、そこで俺は阿倍野先輩が何を言わんとしているのかがようやく分かった。


「ええええええっ!? 俺ですか? 不審者は俺だったんですか!?」


 コクリと頷きながら、阿倍野先輩は携帯に写る画面を見せてきた。

 

「弁護士事務所のホームページですか?」


「人権派で名高い先生よ。この人なら貴方の異常性癖の話も生暖かい目で優しく聞いてくれるはずよ」


「だからどうして俺が変質者って前提なんですかっ!?」


 そこでウルウルと阿倍野先輩は瞳に涙を溜めた。


「ごめんなさいね森下君」


「え? どうしたんですか急に?」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「私が――17歳でごめんなさい。もしも私が10歳前後なら……こんなことにはならなかったのに……」



「あんた俺の事を何だと思ってるんだよっ!?」


 そうして阿倍野先輩は首を左右に振った。


「そう……私が10歳なら……貴方の異常な性癖を……受け止めることができたのに……」


「受け止めるって、何を受け止めるつもりなんですかっ!?」


 阿倍野先輩は俺の股間を指差した。


「決まっているじゃない。貴方の薄汚い欲望――つまりはチン――」


「コラーーーーっ! 17歳の女の子が電車の中で酷いシモネタを言わないっ! 大体、本当にアンタは俺の事を何だと思っているんですかっ!?」


 阿倍野先輩はそこで再度の溜息をついた。


「貴方は異世界にいたのよね?」


「ええ、そうなりますね」


「前に貴方から聞いたのだけれど、クトゥルフ神話系の書物も異世界にはあるのよね?」


「ええ、魔術書とかでありますね。っていか、元々異世界にあったものがこちらに伝承として流れている感じっぽいですが」


「読んだだけで精神が汚染されて発狂する――そんな魔術書もあるはずだわ。確か名前はネクロ……ネクロ……」


 ああ、あの有名な魔術書か。

 確かに、魔術師のアナスタシアの蔵書に一冊あったな。


「ええ、確かにありますよ」


「読んだことはあるのよね?」


「まあ、一応は」


 一応、強くなるために一通りのことはやってるからな。

 有名な魔術書なら大体全部読んでいる。

 と、その言葉でガックリと阿倍野先輩は肩を落とした。


「貴方は悪くないわ。そう、その魔術書を読んでしまったから貴方は精神が汚染されてそんな風になってしまった。悪いのは魔術書よ。その魔術書の名前は……ネクロ……ネクロ――」


 阿倍野先輩は押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――ネクロロリコン」



「やかましいわっ!」


 ペドフィリアを通り越して、子供の死体にまで興味をもってしまいそうな本当にヤバげな書物だなっ!

  

 ともかく――と阿倍野先輩は悲しげな表情を作った。


「ごめんなさいね森下君――私が10歳から17歳に成長してしまったばっかりに……」


「だからどうして俺がロリコン前提なんだよっ!」


 と、そこで関内駅に到着した車内アナウンスが流れた。


「さて、それじゃあいきましょうか森下君。ラーメン屋さんに」



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