第54話ヴァチカン最強の聖騎士 ~もう一人の異世界帰り~



 そこは半径50メートルほどのコロッセウムだった。

 四角い石製のタイルで表面をコーティングされた円形の試合場。



 満員の観客席は更なる高鳴りを見せていた。

 コロッセウムの周囲は2メートルの厚みを誇る透明の超強化プラスチックで覆われており、異能の者共の殺し合いを見物する観客達の安全は確保されている。


 観客席はシャンデリアと赤絨毯に彩られ、ワインを片手に紳士や淑女が談笑を行っている。

 タキシードとドレスに身を包み、いかにも上流階級といった風情の観客達。

 表と裏の両方の権力者が入り乱れ、彼らは本日の対戦カードについて語り合っていた。



 と、その時――全員の視線が試合場に向けられた。

 彼や彼女らの視線の先では、マイクを片手に持った黒スーツの男が円形闘技場の中央に向けて歩を進めていた。


「紳士淑女の皆様。それでは本日のメインイベントを開催します」



 闘技場の東方を指差して黒スーツの男は言った。


「達人はここにいるっ! 生ける伝説! 東方無双っ! 東洋の神秘を極めた――破戒仙:劉斉っ!」


 会場全体が湧き立った。

 今にも会場の外までに伝わりそうな割れんばかりの喝采が起きる。

 そうして、東の選手控え室から出てきたのは筋骨隆々の老人だった。


「3年前の月食の日の伝説――極東の神獣――九尾に匹敵するといわれる神獣……麒麟を闘仙術で討滅したと言う伝説が……今……ここに蘇ります!」


 続けざま、黒スーツの男は西方を指差した。


「奈落から帰ってきた男――ヴァチカンの聖騎士! リンフォード!」


 先ほどの仙人の入場時とは対照的にシン――と会場が静まり返る。

 

「皆様がご存知ないのも無理はありません。彼は半年前までは一山いくらのヴァチカンの……並みの聖騎士でした!」


 そうして、黒スーツの男は大きく息を吸い込んだ。


「だがしかし! 彼はとある事情で急成長をしました! 今では空席となっている……ヴァチカン最強を誇る神狩りの6天聖の一席――現役を退いた無影の剣聖:リチャード聖の後継の選定者となっているのです。由緒正しきヴァチカン所属の彼が、殺し合いの賭け試合の場にいるのも東方無双と呼ばれる破戒仙を倒して自らの実力を証明するためなのです!」


 黒スーツの男の煽り文句にも観客は沸かない。

 ため息をついて、黒スーツの男は闘技場の出入り口へ向かいながら口を開いた。


「皆様正直ですね。賭け金のオッズは劉斉:1.05倍、リンフォード:120倍となっております。ヴァチカンから劉斉への無謀な挑戦はこれで7回目……それでは一方的な殺戮ショーをお楽しみください」


 そうして黒スーツの男は闘技場から姿を消した。


 そして闘技場に残されるのは二人の男。


 一人は上半身裸で筋骨隆々――下半身に緑の人民服をまとった破戒仙。

 もう一人は真紅の甲冑を着込み、聖剣を構える金髪赤眼のヴァチカンの聖騎士。


「ふぉっふぉ。しかし、本当に良いのか?」


「良いとおっしゃまいすと? どういうことでしょうかご老体?」


「確かにヴァチカンの最高峰――6天聖にならんとすれば、神獣すらも寄せ付けぬワシの領域の存在を滅する実力を見せる必要があるじゃろう」


「ええ、そのとおりです」


「じゃが、ワシは血と殺戮を好む破戒仙じゃ。この場に立ったからには――よもや生きて帰れるとは思わんわな?」


「ふふ。まあ、そうなるでしょうね。ただし――負ければ……ということですがね」


 そこで破戒仙はニタリと破顔した。


「ワシは好きじゃ」


「好き……とおっしゃいますと?」


「貴様のような身の程知らずの小童が――我の闘仙術で粉みじんの肉塊となるのを見るのが好きなのじゃよ」


「趣味の悪いことです」


 そこで破戒仙は呪文をつむぎながら体内の気を練成していく。

 と、同時に周囲に呪詛の混じった悪気の風が吹き荒れる。


「まるで台風ですね」


 ブロンドの長髪をなびかせながら涼しげな表情で聖騎士――リンフォードはクスリと笑った。


「攻撃せんで良いのか? 我は闘仙術の技を練成しておる。我の極めし闘仙術……貴様ら風に言うのであれば大規模な人数と舞台を用意した上でなければ成り立たぬ……中距離型の大規模儀式爆裂魔法に匹敵する術じゃぞ? この術にあらがう方法は先手必勝の近接攻撃でこちらの術式が作動する前に潰すしかないはずじゃ。まあ、そうは簡単に邪魔をさせん為の……ワシのこの筋肉と格闘技術なのじゃがな」


「この戦いはヴァチカンへのデモンストレーションを兼ねておりますので。貴方の全力を出させた上で完膚なきまでに叩きのめさなくては意味がありません」


「ふふ……小童がっ! 笑っておられるのも今のうちじゃぞ!?」


「術の発動まで私は何もしません――というのは少し暇ですね」


 そこでリンフォードはパンと掌を叩いた。


「そうだ。昔話をしましょうか」


「昔話……いや、本当に貴様はワシの術式が完成するまで待つつもりなのか?」


「ええ。そのとおりです。ちなみに、僕は半年前までしがない……普通の聖騎士でした。実力で言えば5人がかりでドミニオンズ一人と戦える程度の……ね」


「6聖天を頂点に……ドミニオンズ。その下部組織として聖騎士。そして別枠として荒事専門の埋葬師団じゃったかな?」


「埋葬師団については現場の戦闘要員としては6天聖クラスしか全容は知りませんが、まあそういうことですね。そして僕は半年前に妖魔の討伐の任務に就きました……作戦名はコードネーム:ビスフォール」


「アビス……南極の洞窟か」


「ご名答です。黄泉へとつながるという魔物の出現拠点の一つですね。6天聖のリチャード聖率いる大規模な討伐任務でした。ドミニオンズが10名、聖騎士が70名。そして埋葬師団が2名」


「しかし、アビスに蓋がされた……拠点封印されたという話は聞いておらぬが?」


「とんでもない妖魔が出てきたようで……全滅しましたよ。僕を除いてね。そして僕はアビスを地下へと下る際に滑落事故にあいました。まあ、本体とはぐれたおかげで九死に一生を得たわけですが。そして僕がアビスから帰還したのは1週間前の出来事です」


「1週間前? アビスに向かったのは半年前という話じゃなかったのかのう?」


「ええ、滑落した先が面白いところにつながっていましてね。まあ、ちょっと……黄泉の川を渡ったんですよ」


「黄泉の川?」

 

 そこで破戒仙は小首を傾げた。


「して、黄泉の川を渡って半年近くも貴様は何をやっていたのじゃ?」


「……レベルアップを……少々ね。ああ、後、貴方の闘仙術……確かに超高等な闘技スキルです。ですが、スキルレベルで言うと……3程度ですかね。極めたと言うには程遠い」


「レベルアップ? 何を言っておるのじゃ?」


 そこでパンとリンフォードは掌を叩いた。


「さて、そろそろ準備も整ったんじゃないですか?」


「うむ。確かに。しかし……一つたずねたい」


「何でしょうか?」


「聖騎士は神の加護により魔法耐性が高い」


「正確に言えば魔法防御:スキルレベル2ですね」


「先ほどからスキルがどうのこうの……何を言っておるじゃ?」


「ふふ。まあ、どうせすぐに分かります」


「して、貴様は本当に我の闘仙術を受けきる自信があると?」


「ええ、そうなります」


 破戒仙はバックステップでリンフォードから距離を取る。

 その距離差はおおよそ30メートルといったところか。

 そうして、破戒仙は掌を高々と突き上げた。


「ならば望みどおりに爆発四散するが良い! 炎龍よっ!」


 破戒仙の頭上に巨大な炎の龍が現れた。

 全身を金色の炎でまとい、長さは30メートル程度で直径は2メートル。

 いや、それは正確に言うのであれば龍ではなく、龍の姿を形どった意思を持った炎だ。


「仙人は肉の体を捨てて精神の存在となり神化……大地と同化することを最終目的とするのじゃ! そしてこれが――大気に溶け込んだ龍の力っ! 仙人にしか使えぬ大自然の風水の力じゃっ!」


 観客席に感嘆のどよめきが起こり、リンフォードはクスリと笑った。

 炎の龍は破戒仙の頭上をしばし舞い、そしてリンフォードへ向けて突進してきた。


「科学で言えばプラズマジェット――鉄をも溶かす摂氏数百万度の炎の龍の突撃に耐えられる道理はあるまいっ!」


 金色の炎をまとう龍は大口を開いてリンフォードを丸呑みにしようとし、そして――


「スキル:魔法攻撃反射」


 金色の龍はそのままUターンを切って破戒仙へと向かっていく。


「何……じゃと?」


 呆気に取られた破戒仙はその場で固まり動けない。


「龍よ? 何故に……敵はあっちじゃ! あっちに向かえっ!」


 が、しかし金色の龍はその言葉には従わない。


「あ、あ、あ、や、やめ……ぐびゅっ!」


 それが、瞬の間に超高熱で肉体を丸ごと気化された破戒仙の断末魔の叫びだった。

 

「さて……元々……聖騎士として与えられたスキル。物理耐性レベル2と魔法耐性レベル2を向こうの世界で鍛えた結果……限界レベルである10を突破しました。元々持っていたスキルを強化したからこそ、ありえない絶対スキルへと進化が起きたのです。つまり――物理攻撃反射と魔法攻撃反射――今の私なら唯一神すら倒せます」


 軽く伸びをしたリンフォードはゆっくりと頷いた。



「とりあえずは、ヴァチカンの指示通りに……極東の島国で騒ぎを起こしましょうかね」






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