第53話隣に凄いのが引っ越してきた 


 夜11時25分。


「はー……疲れた」


 定期テストを1週間後に控え、机に向かっていた俺は軽く伸びをした。

 っていうか3年の間も勇者をやっていたのでビックリするくらい勉強の事を忘れている。

 ってか……そもそも俺は勉強する必要なんてあるのかと思わないでもない。 

 最悪の場合はこの身体能力を活かせば、金には困らないだろう。


 まあ、ぶっちゃけた話、今のところ俺は人生の目標や夢なんてない。

 けれど、とりあえずやっぱり大学には行っておいたほうが良いだろう。

 阿倍野先輩とも今後はどうなるか分からないし、仮に今後付き合うことになったとしても別れる可能性はある。

 と、いうか高校生の付き合いなんてほとんどが別れるんだから、そうなる可能性は非常に高いだろう。




 そして、そうなれば俺は大学で――遂に夢の合コンデビューとなるのだ。

 飲めん酒をみんなで飲んで無理やりにテンション上げて――



 ――王様ゲーム! イェーイ!




 そうなのだ。

 俺の人生の3大目標であるところの一つ……王様ゲームなのだ。



 王様だーれだ!?

 一番が三番にほっぺにチュー! 

 2番が5番にハグー!



 ――イェーイ!



 良し……と俺は立ち上がった。

 休憩を終えれば参考書の問題を後5問解こう。

 王様ゲームの為には……まずは大学を合格しないとな。



 休憩がてら、外の空気でも吸おうか……と俺は部屋の窓へと歩を進める。

 俺の家はいわゆるマッチ箱タイプの家だ。

 土地の面積が狭い3階建てで無理矢理居住スペースを作っているって奴だな。



 そんでもって隣の家との距離が異常に近い。

 窓を開くと1メートルも離れていないところにお隣さんの窓があって、カーテンが無ければダイレクトに部屋の中身が見えてしまう。

 もしも隣に年頃の娘さんなんかが住んでいて、偶然カーテンが開いていて着替え中だったりした日には目も当てられない状況になっちゃうんだ。

 が、まあ、今はお隣さんには誰も住んでいないし、今から俺が部屋のカーテンを開いて窓を開いても特に問題は起こりえない。


「勉強してると息が詰まっちまう。やっぱり外の空気を吸わないと……」


 俺は部屋のカーテンを開いて窓を開けた。

 と、そこで隣の家……誰も住んでいないはずの家に明かりが灯っていることに気がついた。

 そして、隣の家の部屋の窓とカーテンが開いていた。

 

「あっ」


 俺が息を呑んだ時には、既に手遅れだった。

 つまりはお隣さんの開かれた窓から見える室内の光景、そこには――



 ――下着姿のレーラ=サカグチがそこにいたのだ。



 縞パンに縞ブラ……そして身長145センチの童顔。

 明らかに……分かった上で狙ってやっているだろうお前的な姿のレーラ=サカグチと俺の目が合った。


「――何覗いてんのよ! この――ヘンタイっ!」


「ってか、何で隣にお前がいるんだよっ!?」


「問答無用っ!」


 隣の家から俺の部屋にサカグチさんはジャンプして飛び移ってきた。


 そうして、飛び移ってきたジャンプのそのままに――俺の顔面に飛び蹴りが炸裂する。


「ゴフゥっ!」


「この……ヘンタイ! ヘンタイ! ヘンタイーーーーー!」


 マウントを取られた俺。

 サカグチさんはそのまま容赦なく両手の拳を俺に振り落としてくる。


「待て! 待て! 話せば! 話せば分かる!」


「問答無用!」


 サカグチさんは再度、容赦なく両手の拳を俺に振り落としてくる。

 ってか、ステータス差がありすぎて全く痛くはないんだが、この状況は不味い。

 下着姿の女の子が俺に馬乗りになっている訳だ。

 この体勢はつまり……。


「騎乗位っぽくなってるからっ!」


 俺の言葉でサカグチさんはしばし固まる。

 そして何かを考えた後――顔を真っ赤にした。


「信じらんない! もうっ! サイテーっ! 死ねっ! もう死ね! アンタ死ねっ! この――ヘンタイっ! ヘンタイヘンタイヘンタイっ! こんな体勢に誘導するなんて――信じられないわっ!」


 サカグチさんは再度、容赦なく両手の拳を俺に振り落としてくる。


「いや、お前がやってんだろうがっ!? ゴブフっ!?」


 とりあえず、色々と不味い。

 俺は何とかマウントから逃げ出して、すぐに羽織っていたパーカーを脱いだ。


「と、と、とりあえずこれ着ろよな! 下着は不味いからっ!」


 そこでサカグチさんは自分の姿を確認し――更に顔を赤くした。


「下着姿の女の子を部屋に連れ込むなんて……ほんっとサイテーっ!」


「だからお前が勝手に飛び込んできたんだろっ!?」


 理不尽にも程がある。


 ひったくるように俺のパーカーを奪ったサカグチさん。

 パーカーを着てチャックを閉めたところで下着は見えなくなった。

 まあ、ツルッツルの肌の太ももは物凄い見えてんだが……。

 彼女は薄い胸を張り、腰に左手を置いてヴィシっと右の指を俺に向けて立ててきた。


「ともかく、全部アンタが悪いんだからねっ!」


「本当に無茶苦茶だなお前っ!?」


「無茶苦茶もひったくれもないわよ! 私の下着姿を見たんだから責任とんなさいよね! セキニンっ!」


「セキニンって言われてもな……」


 俺は「フゥ……」とため息をついた。


「ハァ? 女の子の下着を見ておいてセキニン取らないつもりなの?」


「セキニンって言われても……具体的にどんな責任なんだよ」


 サカグチさんは再度顔を真っ赤にして、そして何かを考えて上目遣いで口を開いた。


「……昔の約束。お嫁さんにしてくれるって約束もあるし……そういう系の責任よ!」


【スキル:ラブコメ主人公補正(並)が発動しました。森下大樹は耳が遠くなりました】


「え? 何だって?」


 神の声が聞こえたような気がしたが、まあ気のせいだろう。

 そして、サカグチさんが何かを言ったような気がするけどそれも気のせいだろう。

 しかし、昔からこうなんだが……例えば異世界で姫さんが改まって、俺に大事な話があると言って、人のいないところに誘われたりするとちょいちょいこういうことがある。


「だ・か・ら! 昔の約束よっ! お嫁さんにしてくれるって約束があるのよ! つまりは……そういう責任よっ!」


【スキル:ラブコメ主人公補正(強)が発動しました。森下大樹はとても耳が遠くなりました】


「え? 何だって?」


 姫さんの時とやっぱり同じだ。

 なんだか色々と聞こえた気がして、そんでもって思考回路まで何故かボンヤリとしてくるんだよな。


 姫様は大体この後……呆れたように優しく笑ってから「また、別の日に改めてお話をしましょう」って言ってくれたっけ。


 でも、サカグチさんは違うようだ。

 ワナワナとサカグチさんは肩を震わせて――。



「もーーーー! ほんっとうに信じらんない! 何なのよアンタ!? マジでどういう了見なのっ!?」



 そうして俺は思いっきり平手打ちを食らった。

 理不尽だ……と一瞬思いかけたが、何故だか分からんが今回のこの件に限っては……お怒りもごもっとも……という気持ちになる。


「で、どうして隣の家にお前がいるんだよ」


「引っ越してきたのよ。大所帯になるしいつまでもホテル住まいって訳にもいかないしね」


「引越し? 大所帯?」


 何だか良く分からんな……と、そこで俺は何気なく部屋の時計に視線を送る。


 ――午後11時45分。


 約束の……いつもの11時半を15分も過ぎている。

 そこで俺はあっと息を呑んで即効で携帯に向けて走った。


 ――着信65……留守番電話3。


 時は深夜、俺の部屋には下着&パーカーのサカグチさん。

 そして、おびただしい着信件数。


 ――こいつはヘヴィな状況だ。どうして携帯をサイレントモードにしていたんだ俺は! ……あ、勉強の為か。


 それはともかく本当に不味い!


「サカグチさん! 今すぐ隣の家に戻って!」


「え? どうして?」


「良いから早く! 大変なことになる! 奴が……奴が間違いなく……すぐそこまで迫っているんだっ!」


「ほえ? 奴? 何のこと?」


「良いから今すぐ部屋から避難するんだ!」


 と、そこで――


 ――コンコン


 部屋のベランダのガラス戸を叩く音。

 不味いことに、今日はベランダのカーテンを閉めていない。

 つまりは……ベランダから部屋の中の状況が筒抜けな訳だ。


 ――ガラガラ


 ガラス戸を開く音と共に、外壁伝いに3階まで上ってきたであろう彼女は妙に明るい声で言った。


「どうもー。私でーす。ところで森下君? どうして下着姿のレーラ=サカグチが貴方の部屋で貴方のパーカーを着ているのかしら? これは事後と判断してもいいのかしら?」


 底抜けの笑顔だが目の奥は一切笑っていない。

 まさに、マジキチスマイル。

 つまりは――


 ――そこには魔王:阿倍野輝夜が立っていた。



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