第102話魔法少女、二人 ラスト

「ぐ、ぐ……ぐああああああっ!」


 ――魔法少女式格闘術


 この戦法は基本的には絡め手となっている。

 遠距離攻撃特化と思わせ油断させ、相手がこちらの弾幕で沈めばそれでよし、仮にこちらの弾幕を突破したとして――。

 慢心した相手に、関節技という理外の一撃を加える。

 関節破壊という圧倒的ダメージに併せて、隙が出来たところで魔法少女としての本来の力で不可避の飽和攻撃。

 これが、対人における私とマキ姉の必勝パターンだ。




「やったねマキ姉」


「いや、素の実力でいうと相手のほうが格上だった。格闘術が上手くハマってくれただけで、慢心しちゃいけないわ。それに、そろそろこの拠点からの移動を考えないと……これからこんなのが一杯来たらとても対処できない。それに……また……バーストセカンドを使用してしまった」


 バーストセカンドの使用、それは今日か明日には身体機能の一部が消失することを意味する。

 私たちが消沈していたところで、そこで背後に圧倒的な霊圧を感じた。


「マキ……姉?」


 マキ姉は首を左右に振って、そして諦めたように笑った。


「どうにも、私はここまでみたいね」


 振り向くと、純白のローブに身を包んだ3人の金髪の男たちが佇んでいた。


「貴方たち、何者?」


 マキ姉の言葉に、男たちはクスリと笑った。

 

「我々はヴァチカンから依頼された外道法師(ダーク・エクソシスト)。流石に埋葬師団を出すわけにはいかないということで私たちにお鉢が回った訳です」

 


 全身に鳥肌が立ってくる。


 ――これが、退魔組織の本気……?


 結局、私たちは安易に阿倍野本家に強襲をかけたことを後悔することになったワケだ。

 同じコトをマキ姉も考えているようで、彼女もまた私と同じく体を震わせている。


「まあ、先ほど、貴方が対峙していた者と同実力を持つものが3人……増援で現れたと考えてもらえれば結構です。貴方たちのその力は危険です。なんせ世界の闇のその最深部の更に裏……あちらとこちらの境界線……深遠の川の向こう側に貴方は知らずに一歩踏み出してしまっているのですから」


「マキ姉? 私もバーストセカンドで……」


「ダメ、それでも勝てない」


 実際にさっきの戦いは奇襲状態で関節技を使用できたのが大きい。

 でも、さきほどの戦いを見ていただろうこいつらには、奇襲は通用しないだろう。


「……」


「……」


 私とマキ姉は互いに見つめあい、そして沈黙が訪れた。


「……」


「……」


「もう、私は駄目。だから、フルバーストを使用するわ」


「だったら私も……」


 そこでマキ姉は慈愛の表情で首を左右に振った。


「ここは私が必ず収める。だから、貴方が……システムを止めなさい」


 涙混じりにマキ姉はそう言った。


「貴方は私を信じてついてきてくれた。ただ、それだけのことが私は嬉しかった。それでね? 私……知ってるのよ?」


「知ってるって?」


「貴方、寝る前にいつも泣いているでしょう? 自分の運命を呪って……泣いているでしょう? 本当は貴方はこんな血みどろの世界では生きたくはない。とても優しい子なの……」


「マ……キ……姉?」


「貴方を守るのに、私の命を賭けるのに……それ以上の理由は必要ないの。少しの間だけれど、妹ができたみたいで……本当に楽しかったわ」


 フっと笑って、マキ姉は体内の全魔力を暴走させようと念を込め始める。


「ダメ……ダメだよ。そんなことしちゃ……ダメだよ。フルバーストって……そんなことしたら……大変な……大変なことになっちゃう……っ!」


 マキ姉の周囲を漆黒のオーラが包み――ゴテゴテした衣装のフリルが一枚、また一枚と消えていき、半裸と言っても良い様なモノとなる。


 溢れる力の奔流をその身に纏い、マキ姉は私の両肩をガッシリと掴んだ。


「バトンは貴方に、確かに預けたわ。システムを潰すその瞬間に、一緒に立ち会えなかったのはとても残念だけど……」


「あ、あ……マ……マキ……姉……」

 

 涙が溢れる。

 フルバーストを使用してしまった以上、彼女は……もう、正気を保つことは出来ない。

 明日には老化し、脳もチャクラを奪われて焼かれてしまう。

 私の知っているこの人は……もう……。


「これ以上、呪縛に囚われた魔法少女を……私たちの後輩を作らないで。貴方が――貴方が必ず止めるのよ。それが先輩としての責務なの」


「……」


「……」


「……」


「返事は?」


「でも、そんなの……マキ姉が……」


「……返事は?」


「………………はい」


 ニコリと笑って、マキ姉は私を優しく抱擁した。


「非常によろしい。良い返事よ……あと……最後は全部貴方に押し付ける形になって、本当にごめんね、真理亜ちゃん」


 そこで、マキ姉は3人と向き合った。


「私たちは、ただ生きたいだけ。見逃してもらえるならここで話は終わるわ」


「これが人修羅……か。だが、あいにくだがそういうわけにもいかないんですよね。こちらも仕事ですから」


「ただ、生きたいという欲求を、その権利すらも奪うというなら――私は喜んで修羅の汚名を受けましょう」


 そうして、マキ姉は魂の叫びと共に咆哮した。


「東方の人修羅――魔法少女:坂上真紀っ! 私の最後の輝きは――誰にも止めることはできないっ! 全てを燃やし力に変え――いざ、推して参るっ!」


 そうして、文字通りの、人修羅と化した、魔法少女は、激戦の末に、ヴァチカンの刺客を葬り去った。






 ――それから。


 私は夜の闇をたった一人で歩き続けた。

 ヴァチカンやアマテラスからの刺客を退け、ボロボロになっても。

 両目の色覚を失い、味を感じる感覚を失っても。

 変わり果てたマキ姉の糞便の処理で心が折れかけても。

 それでも、私はこの道を歩み続けた。

 家族にも心配をかけている。

 お兄ちゃんからも、顔を合わせるたびに説教を受けている。

 それも仕方ない、キンダーガーデンを維持するために、両親の金を使っているのだから。

 でも、これも、もう少しで終わる。

 いろんなことは、嫌なことは、もうすぐ終わる。


 ――終わらせる



 横浜ランドマークタワー最上階。

 私は屋上から飛び降りて、色とりどりのネオン――宝石のような夜景に、我が身を溶け込ませる。

 夜の街を舞う為に。


「明日、妖魔の討伐数は10万体に達する……そして、システムの核を現世に引きずり下ろして――私が、全てを終わらせる」







 サイド:レーラ=サカグチ



 深夜。

 魔装化し、ロンギヌスを持った私。

 そして、阿倍野輝夜もまた、巫女装束に腰には備前長船兼光。

 互いに完全武装の状態で、私たちはいつもの森林公園でその時を待ち構えていた。


「想定される特異点の発生は今日。でも、妹ちゃんの作戦は本当に上手くいくの?」


「上手くいくはずがないじゃない。今まで達成者とされる、歴代最強の魔法少女たちでも……決して覆すことができかったから、1000年以上続いたシステムなのよ? たった一人で何ができるというの?」


 だよね……と私は溜息をついた。


「相手は卑弥呼のクローン。そして、傀儡と化した歴代の魔法少女たちが溢れるカオスと混沌の空間……普通にいけば、食われておしまいよ。確かに異次元に存在する相手に、唯一に近い総攻撃の機会だったのに、私の介入も彼女は断ってしまったからね」


「まあ、私たちの所属する組織が色々横槍入れたみたいだし……そりゃあ、不信にもなるわよね」


「でも、そこに私たちという、それこそ本当の特異点が介入したら?」


 うんと私と阿倍野輝夜は頷きあった。


「彼女が私たちを受け入れないならそれでいいわ。だったら、彼女は私たちの介入で勝手に助かるだけよ」


「うん。私たちは私たちの方法で――」


 私と、阿倍野輝夜は森下大樹に救われている。

 あの時、あの瞬間に金属バット片手に颯爽とアイツが現れなければ、私もコイツはいつもの日常で絶対に笑いあうことはできなかった。


 そう、当たり前の日常で笑ったり怒ったり悲しんだり、アイツのことを思って胸が苦しくなったり……そんな当たり前の青春を過ごすこともできなかったのだ。

 だから、私たちは全身全霊を賭けてアイツの妹を――



「必ず助ける」




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