第101話魔法少女、二人 その4

「ここがキンダーガーデンか」


 廃校舎への侵入者……黒装束の男に私と、遠距離攻撃装備――杖を持ったマキ姉が対峙した。

 かつてはグラウンドだった場所は草木が生い茂り、砂地というよりはむしろ深い草原となっている。

 それに、ビリビリと肌に感じる霊圧――この男はただものじゃない。


「阿倍野本家は大騒ぎだったらしいぞ? しかし、自ら打って出る魔法少女なんざ歴史上初めてじゃねえか? こそこそ逃げ回りながら一般人に迷惑かけるのが相場だってのに」


 呆れ笑いと共に黒装束の男は肩をすくめた。


「普通のことをしていて、呪縛から逃れた魔法少女はいないなら普通じゃないことをするしかないから」


「システムに干渉するつもりか……いや、確かにそれなら……なるほどね。とんでもないことを考えているみてえだな」


「それに、私たちは一般人を殺したことはない。そこは――そこの矜持だけは守っている」


 一般人にまぎれている妖魔は結構な数で存在している。

 私たちからすれば喉から手が出るほどに欲しいチャクラだが、その判別は難しい。

 だから、今までの魔法少女達は皆殺しとの悪名を受けていたわけだ。

 けど、私たちは違う。いや、マキ姉は違うんだ。


「ああ、その報告は受けているよ。しかし、ちょっとお前らは暴れすぎたな」


 そこで黒装束の男は背中の小太刀を抜いた。


「俺はアマテラスから出動要請を受けているフリーの退魔師だ。今回は日本政府にはオフレコで動いてる。まあ、秘密任務って奴だな」


 いや……と彼は自嘲気味に笑った。


「まあ、抜け忍と言い換えても良い。下忍故にキャップ制限はあるが限定異界化術式でテメエラと同じように妖魔から力を得ることができるし、忍術も使える。今回は相手が悪かったな」


「こちらも暇ではない。やるなら早く――殺しあおう」


 一面が閃光に包まれ、マキ姉は黒を基調としたフリル形態へと移行した。

 手に持つのは、いつもの魔法杖だ。


「ほう、ニンジャの名前を出してもビビらねえか。これだからモノを知らない天然は……」


 そこで再度、男は自嘲気味に笑った。


「まあ、今は、里自体がとんでもねえことになってるから、このレベルの領域にまで来ると……どこまで忍者の名前だけでハッタリがきくかっちゅうのもあるがな」


 男はマキ姉に小太刀を上段に構えて飛び掛った。

 神速――と言っても良いかもしれない。

 少なくとも、私の眼球では動きを追うので精一杯だった。

 が、マキ姉は咄嗟にバックステップで距離を取った。

 既にマキ姉は魔法少女として最高位に達していて、基礎ステータスが私よりも上なのもある。

 けれど、そこは幼少からの戦闘経験の差だろう。


「エナジーボールっ!」


 10の金色の弾――バスケットボールほどの大きさの弾が、マキ姉の杖から黒装束の男に放たれた。


「ははっ! 流石だなっ!」


 襲い掛かる金色の弾を男は何なく避けていく。

 そして、轟音と共に、外れた弾がグラウンドに数メートル規模のクレーターを形成していく。


「まともに食らえば俺でもアブねえ。だが、忍者の真骨頂は――敏捷性だっ!」


 男は涼しげな表情で弾を避けながらマキ姉へと距離を詰めていく。


 彼我の距離差は5メートルを切った。


「ははっ! 遠距離特化タイプが距離をつめられたらどうなるかは分かってんだろっ!?」


 援護すべく、私は先ほどから弓を構えているが――その必要はない。

 何故なら――



「なっ!?」


 男の背後に6つのエナジーボールが展開していたからだ。


「2段構えは攻撃の基本でしょう?」


 これはマキ姉の基本戦術の一つだ。

 開幕当初のエナジーボールで仕留めきれればそれで良し、距離を詰められたとしても2の矢を展開させておくことで奇襲できる。


「くそっ!」


 6つのエナジーボールの内、5つまでを男は避けた。

 が、最後のひとつが被弾。

 マキ姉の攻撃魔法は遠距離特化が故に威力が高い。

 これで決まったと思ったその時――


「忍従……ウツセミ:レベル7っ!」


 着弾したはずの男が、いつの間にかマキ姉の背後に立っていた。


「これができなきゃ里ではモグリだ! 単純が故に効果は絶大――これが忍術の基礎中の基礎っ!」


「魔法少女バーストセカンドっ!」


 更なる閃光。

 マキ姉がゴテゴテした衣装に包まれる。

 マキ姉は瞬時に振り返り、そして右手で男の右手を取った。

 そうして、抱え込むように男の腕を引いて関節を極める。


 ――今度こそ決まった。


 私は勝利を確信し、大きく頷いた。


「脇固め? このレベルの戦いで、格闘技が通用するとっ!?」


 マキ姉は体重を落として、力の限りに男の右手を破壊しようと力を込める。


「はは、本当に素人だな?」


「……素人?」


「防御力の数値は体表、そして体内の骨と筋肉の耐久度強化にあてられる。自重と腕力で俺の関節をどうこうできるわけねーだろ」


 言葉通り、どれだけ力を込めようが、男の肘と肩は微動だにしない。


「防御力に対する攻撃力。攻撃のインパクトの瞬間に防御力と相殺するオーラを、武器か、あるいは拳にまとうことで、攻撃力という概念は体表破壊を実現するんだ。つまり……防御力で強化された体の内部の肉と骨を……攻撃力の補佐なしでは破壊はできねえっ!」


「……」


「故に、この領域の戦闘では関節技は通用しないっ!」


 なおも、相手の腕をひねり上げながらマキ姉は言った。


「――ええ、確かに素人――貴方がねっ!」


 マキ姉は間接を極めたまま、男を地面に落とした。



「これぞ必殺! マ ジ カ ル ☆ 脇 固 め っ!」



 ポキンと男の右肘と肩が破壊される音が鳴り響く。


「ぐっ……があああああああああああああっ!」


 マキ姉は即時にその場を離れ、杖を持ってエナジーボールをダース単位で形成させる。


「これで終わりよ」


 全く予想していなかった展開に、男は地面をのたうちまわり狼狽することしかできない。


「何が起こりやがったっ!?」


「関節技なんて、貴方たちは突き詰めたこともないのでしょう? ほかに覚える技がいくらでもあるのでしょう? でも、私は違った」


 そして、はき捨てるようにマキ姉は言葉を続けた。


「確定した死から逃れるために、唯一の私のアドバンテージを磨くしかなかった。そして編み出したのが……遠距離魔法を応用した魔力点のズレ。これは、色々と理を捻じ曲げた存在である私たちだからこそできる技よ」


「魔力点のズレ?」


「防御力を相殺する攻撃力の作用点を関節にまで移動させる。思いついてさえしまえば――元々、存在そのものが時空干渉としてブレブレである私たちにとっては、それほど難しい運用レベルの技術ではなかったわ。そして、防御力を無効化させた関節は――常人のそれと対して変わらない」


 言葉と同時にエナジーボールが黒装束の男に襲い掛かっていく。


「ぐ、ぐ……ぐああああああっ!」


 ――魔法少女式格闘術


 装備からして遠距離攻撃特化タイプと思わせ油断させ、相手がこちらの弾幕で沈めばそれでよし、仮にこちらの弾幕を突破したとして――。

 慢心した相手に、関節技という理外の一撃を加える。

 関節破壊という圧倒的ダメージに併せて、隙が出来たところで魔法少女としての本来の力で不可避の飽和攻撃。


 これが、対人における私とマキ姉の必勝パターンだ。




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