第100話魔法少女、二人 その3
サイド:森下真理亜
既に魔法少女としての生活を私が始めて、1年が経過していた。
「情報が足りない」
マキ姉がそんなことを言い出したのは私が妖魔の討伐数6万、そしてマキ姉が討伐数8万を超えたあたりだった。
元々、私たち二人が魔法少女となった時に、神奈川には先輩として3人の魔法少女がいた。
高校2年生が二人と高校3年生の女性が一人。
彼女たちは私たちを優しく受け入れてくれた。そして魔法少女としての戦闘のイロハは彼女たちに教えてもらった。
そして共闘することになったんだけど……彼女たちは対人戦闘の重要性を理解はしてくれず、そして――あの事件が起こった。
――阿倍野本家による廃病院の強襲。
私たちがねぐらにしていた山奥の廃病院に日本の退魔師が現れ、戦闘が起きた。
相当な人員が動員された作戦だったようで、先輩たち3人はバーストセカンドですら対処できずにフルバーストを決行した。
そして私たち二人は、どうにか通常状態のまま……関節技を軸とする戦闘法だけで事態を乗り切ることが出来た。
そうして、フルバーストを使用した魔法少女の末路は一晩による老人化。
更に急速に痴呆が進行するのだ。いや、痴呆どころか、チャクラを分け与えないと1週間を待たずに老衰で死亡する。
こちらの被害は廃人3名の発生。
向こうの被害は45名の退魔師の死亡。
「不味いわね」
天を見上げ、やるせない表情をマキ姉が作ったのを覚えている。
これで、いよいよ私たちは普通の生活を送れなくなったわけだ。
3人の介護に、そして二人で5人分のチャクラの収集が必要になったのだから、それは当たり前のことだ。
ドーミン曰く、今回のようなケースは非常に多いらしい。
現地の退魔師に追い詰められてフルバーストを敢行し、そして廃人化する。
ちなみに、この場合は戦闘死扱いになって、ドーミンが作成している魔法少女の統計上は老衰扱いにはならないらしい。
そんでもって、マキ姉が提唱していた対人戦闘技術の効果はテキメンだった。
魔法少女としての能力を撒き餌に、本命の関節技で仕留める。
私は徹底的に脇固めだけを仕込まれたおかげで、何とかその技だけは実戦使用レベルに達していた。
だが、そこは本家のマキ姉の戦場での活躍は八面六臂のモノだった。
そして、冒頭の「情報が足りない」という言葉に戻る。
――10万匹の妖魔の討伐。
ドーミンがいうには、そこからシステムへの干渉権限を得ることができるという。
言葉を額面どおりに受け取れば、このシステムを停止することも夢ではないだろう。
でも、言葉の元が……私たちを夜の闇に引きずり込んだ元凶だ。
そこには、欠片の信頼性もないのも当然の話というわけで。
「10万匹を狩れば何かが起きる。私たちの確実な死という運命も変えることが出来るかもしれないという話ね」
「うん」
「でも、何も知らずに徒手空拳の状態で10万匹の討伐という区切りを迎える訳にもいかないの」
「うん、そうだろうね」
「現地の退魔集団は私たちよりも魔法少女を知っている。だから、私たちを襲う。魔法少女は1000年以上の歴史があるみたいね。当然、文献も残っているでしょう。だったら――」
「わかってるよマキ姉。だから、チャンスである今この瞬間に……私とマキ姉で強襲して、知れることは全て知る必要があるんでしょ?」
ぶっちゃけてしまうと、今日、相手からの強襲の際、マキ姉一人で20人は屠った。
相手としてもこういう場合は過剰戦力の飽和攻撃がセオリーなので、敗北の憂き目にあうとは夢にも思ってなかっただろう。
間違いなく指揮系統がパニックになっていると断定し……だからこそ、私たちは近隣の廃校舎に3人を移した後、その日のうちに阿倍野本家に強襲をしかけることを計画しているのだ。
「苦労をかけるわね。相手は武装集団で……生きて帰れる保障はないわよ?」
そう言って、マキ姉は儚げに笑った。
「はは、ここまで来ちゃったらもう……一連托生じゃない? どの道、私は交通事故で一回死んでるし」
「あのね、真理亜ちゃん? 私、今から、ちょっと変なこと言うわよ?」
「ん?」
「私って一人っ子なのよね。で、ずっと……妹がほしかったの」
「私にはお兄ちゃんがいるけど、私はお姉ちゃんも……まあ、欲しかったかな」
「本当の妹がいたら、キミみたいだったのかな……なんて、今、そんなことを思ってる」
そこで、私は思わず吹き出してしまった。
「ははっ!」
「どうしたの?」
「それ、私も同じこと思ってた」
そうして私たちはお互いに微笑を浮かべて、固く握手を交わしたのだった。
結論から言うと、私たちは魔法少女の能力を爆発的に上昇させるバーストセカンドを使用した。
チャクラの消耗は半端ではなかったが、それでも阿倍野本家への奇襲は成功し、目的のブツを回収の後、即時逃亡と追っ手を振り切ることには成功したのだ。
極限までにチャクラを節約したので、私は右足の先の感覚の喪失、そして無茶をしたマキ姉は右目の視界を失った。
でも、失ったモノの代わりに値千金の情報を得ることはできた。
新しいネグラである山奥の廃校舎で、私とマキ姉は古文交じりの書物を二日間寝ずに読み漁った。
そうして、ひとつの結論が出た。
「魔法少女が狙われていた理由は想定どおりね」
「そりゃあまあ、この状況に追い込まれたら……なりふり構わずに一般人巻き込んじゃうしかなくない?」
「でも、10万匹の妖魔の討伐の後に起きる現象。この情報は大きい」
「特異点の発生って奴だね。でも、ドーミン……本当にひどくない? 助かる可能性として10万匹っていう話をしてたんじゃん」
「死神にまともな対応を期待しても仕方ないわ。そもそもアレはシステム上の進行役みたいだし……私たちの側には確実に立ってはいない」
「そもそも、到達者ってただの生贄以外の何者でもなくない?」
「ええ、10万匹の妖魔を屠った到達者が発生した時点で発生する現象……本当に反吐が出るわ」
「このシステムの核……卑弥呼から作成されたクローンは次元をズラした場所にある。そこに安置されている卑弥呼のクローンと私たち魔法少女は卑弥呼の細胞を取り込んだマジカルステッキでリンクしている。だから、私たちは卑弥呼の体質の恩恵を受けて、経験値を得ることができる」
「そして次元転移の先にシステムの核が安置されている以上、現地の組織では根本的な解決は出来ない。対処療法として、現地に現れた私たちを処分するしかない」
「けれど、卑弥呼クローン自体にも定期的なチャクラの供給は必要……生物として生きる以上は栄養が必要なのよ。それが、10万匹の妖魔を屠った最強クラスに磨き上げられた魔法少女となる」
「現世に発生した異次元への特異点。そんな超常の魔窟で、卑弥呼に現役の魔法少女のチャクラが捧げられる」
「そして、そもそものシステムの目的が……」
「スキルポイントの取得」
「経験値システムを人間に適合させるのが魔法少女システム。そして、私たちは本来、私たちが得ることのできるスキルポイントを搾取されている」
「傀儡である私たちに妖魔から経験値を取得させ、レベルアップの特典の上前をはねるという具合にね」
「ねえ、マキ姉?」
「何?」
「システムの作成者である蘆屋道万は何がしたかったのかな?」
「神にでもなりたかったんじゃない? まあ、本人は死んでしまって、システムだけが生き残って悪夢を振りまいているのが現状よ。そして、一大イベントである特異点の発生――」
そうして、マキ姉は大きく頷いた。
「――そこを逆手に取る」
「逆手に取る?」
「本来、達成者は生きの良い餌として、卑弥呼クローンを相手にして嬲り殺され、チャクラを奪われる」
「うん、そうだね」
「でも、私は違う。私は普通の魔法少女ではない」
「……?」
「いえ、私だから……システムの破壊ができる」
「っていうと?」
「システムの核である卑弥呼を叩けば、システムは消失するわ」
「でも……」
「ええ、今回の達成者となる私は、本来であればただの餌よ。そして、異次元に居を構える以上、こちらから討ってでることはできない。餌しか……卑弥呼とは接触できない。だけど、今回の餌は……牙を持っている」
なるほど、と私は頷いた。
「――魔法少女式格闘術」
「どうせ死ぬなら、派手に死のうって奴だね。で、あわよくばこれで解決って話」
ははっと呆れたようにマキ姉は笑った。
「ええ、そのとおりよ。でも、これで希望が出てきたのも事実よ。実際、やられっぱなしってはシャクじゃない?」
「うん。最後の最後に……どうせ死ぬなら喉笛を噛み切ってやるしかなくない?」
コクリとマキ姉は頷いた。
そうして、廃校舎のベッドで横たわるみんなの顔を見た。
「全てが上手くいったとして――チャクラを奪われたみんなは元に戻ることはできないと思う。でも、その場合はこれ以上チャクラを奪われることもなくなる」
「死ぬことはないって訳か……」
そうして、私たちは5人分のチャクラの補充のために連日連夜、闇を舞った。
いや、それどころか家にも帰らず、昼間も併せて、不眠不休の限界の状態で妖魔を狩り続けた。
全ては、10万匹の妖魔を討滅し、達成者として……このクソッタレなシステムのドテっ腹に風穴を開けるために。
※ コミック3卷発売中です。よろしくお願いします。
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