第99話魔法少女、二人 その2
と、そこでマキ姉は諦めたように首を左右に振った。
「――いや、人修羅の世界へ」
それだけ言うと、マキ姉は悲しげに笑った。
「人修羅……?」
コクリとドーミンは頷いた。
「これからキミ達はゴールを目指して妖魔を狩り続けなければならない。ルールは簡単だ。途中脱落は確実な死」
「ゴール?」
「10万匹の妖魔を討伐すれば、達成者として魔法少女システムへの干渉権限を得ることが出来る。まあ、そこがゴールだね」
「これから貴方に戦闘の基礎を叩き込むわね」
山奥の廃病院。
木漏れ日の中でマキ姉は私にそう言った。
しかし……と私は思う。
命を救う代わりに夜の街にはびこる魑魅魍魎を殲滅する――それが私の受けた魔法少女の説明だ。
中世の魔女狩りに始まり、相当にヘヴィーな話だったけれど……。
と、そこでマキ姉は私の右手首を掴んだ。
「ふんっ!」
右手を引っ張られ、そのまま肘を抱え込まれるようにして、気がつけば私の腕を極めたマキ姉が背後に回っていた。
肘と肩に激痛が走る中、マキ姉が口を開く。
「これが立ち間接の基本中の基本……脇固めよ。魔法少女の戦いはここを基礎にしなければ始まらない」
「……脇固め?」
「ええ、私の家は合気道の家系でね。病弱で入退院を繰り返していたけれど、それなり程度には私には心得があるわ」
そうしてマキ姉は間接技を解いて、私は背後を振り返った。
「でもマキ姉?」
「何かしら真理亜ちゃん?」
「関節技って人間相手の技術だよね?」
「ええ、基本はそうよ。まあ、関節があるのであれば、ライオン相手にでも応用はできないこともないけどね」
「魔法少女は魑魅魍魎を狩るのが仕事なんだよね?」
「仕事というよりは、食事に近いわね。それをしないと生命力が抜け落ちて老婆になってしまうのだから」
「どうして関節技を……? それって意味なくない? 変身した時のマキ姉は杖からのエナジーボールが主体の装備だし、私は弓だし」
そこでマキ姉は儚げに笑った。
「ねえ、真理亜ちゃん? 魔法少女の敵は……何?」
「魑魅魍魎?」
そこでマキ姉は断言した。
「いえ、人間よ」
「人間……?」
「魔女狩りの歴史を紐解けば答えはすぐに出るはずよ。魔法少女の超常の技も磨く必要はあるだろうけどね」
「あっ……」
確かに、言われてみればそのとおりだ。
「魑魅魍魎を相手に戦闘で命を落とした魔法少女はほとんどいないはず。私たちが対策を練るのならば、それは対人となるわ」
そこで、マスコットのドーミンが目を輝かせた。
「マキはすごいモキュっ! 魔法少女の死因のほとんどは現地の退魔組織による殲滅なんだ。実はチャクラ切れで老衰までいくほうが非常に珍しいんだモキュっ! ボクの説明だけでそこまで辿り着いた魔法少女は歴史上に数人しかいないモキュよ」
「……貴方が大事なことを伝えなかっただけでしょうに」
そこでドーミンはクスリと笑った。
「まあ、気づいた魔法少女もみんな……老衰で死んだけどね」
「老衰……」
聞いたところによると、魔法少女のエネルギー収支はとてつもなく燃費が悪いらしい。
それはもう、攻略不可能な無理ゲーなほどに。
老衰という必ず訪れる現実に、私の顔から血の気が引いていく。
「ともかく、私には対人の技術がある。いずれ終わる命にしても……せめて、悪あがきはしましょう。死にたくないなら、私に従いなさい」
「……うん」
そうして数ヶ月の間、私は魑魅魍魎を狩る傍ら、マキ姉から対人の格闘術を学んだ。
狩れば狩るほどに目立ち、そして退魔組織からの追求も強まっていく。
――結果として、そのおかげで私は死なずに済んだ。
・サイド:月宮雫
総合病院の一室で、あたしは激しく舌打ちをした。
皺だらけになった枯れ木のような手、しだいに立たなくなっていく足腰、イラつくことは腐るほどあるが……何よりもあたしはコイツが気にくわねえ。
「キシシ……しかし、キミには失望したモキュ」
「笑うな。テメエの姿はトサカに来る。とっとと失せろ」
「つれないねえ……」
「だから、とっとと失せろって言ってんだよ……この疫病神がっ!」
何もかもがコイツのせいだ。
金持ちの家に生まれて蝶よ花よと育てられ、顔の造詣も頭の出来も人類トップクラスの私が……こんなのと出会ったせいで、たった数日でこのザマだ。
「まったく……坂上真紀と同じ道場だから……彼女の後釜に据えたというのに」
坂上真紀……。
そういえば昔通ってた合気道の道場の家の一人娘だったか。
途中からあたしはブラジリアン柔術に切り替えたからその後のことはよくわからないが……。
っていうか、合気道ではあの女に勝てねえと思ったからあたしは転向したんだがな。
何でも天才的にこなせちゃう、そんなあたしのプライドをズタズタにしてくれた女……。
で、そろそろ白黒つけに道場破りにでも行こうかと思ってたところで……このザマだ。
まったく、笑えねえ。
「あの女も魔法少女……いや、あの女が……原因であたしはこんな目にあってんのか」
「キシシ……まあ、少なくとも、キミにとってはそうなるだろうね」
「で、具体的にはどういうことなんだよ?」
「キミのところにも現地の退魔組織の連中が来たよね?」
「レーラ=サカグチ……」
これまたトサカに来る名前を出された。
あたしは、ああいう可愛らしい見た目の女が基本は嫌いだ。
「まあ、そんな感じで魔法少女は世界の嫌われものでね。ちょっと目立つ風に暴れればすぐに連中は殺しにやってくる」
「……で?」
「いやあ、ボクも驚いたよ。襲い掛かる暗殺者達を関節技でねじ伏せていくサマは壮観だった」
関節技だと?
と、そこであたしはドーミンに食ってかかった。
「おい、テメエ?」
「何だモキュ?」
「対人戦闘技術は超人相手には通用しない。あたしを倒した青色の魔法少女が……確かにそう言ってたんだがよ?」
「それはキミの技量が足りないからだよ」
「ハァ? あたしはブラジリアン柔術の世界大会にも出たことがあるんだぜ? 今なら、総合格闘技術で言えば坂上真紀なんざ……あたしの敵じゃねえ」
そこでドーミンは堰を切ったように笑い始めた。
「はは、はははっ! はははははっ!」
「何が可笑しい?」
「それは純粋に格闘技の技量の話だろう? マリアちゃんの言うとおりに、超人相手に普通の格闘技術なんて通用するわけがない」
「……どういうことだ?」
「そこがマキちゃんとキミの違いだね。まず、あの娘は地頭が良い。1の情報で10を推測できる程度にはね。まあ、キミも本当は頭が良いんだろうけど、育った環境が悪すぎたね。何でも上手くいく、生まれながらの強運に守られた自分が、まさかこんな状況に追い込まれているなんて想像もしなかっただろう。そこに気づくことができていれば、まあ……もう少し慎重にコトを運んだんだろうとは思うよ」
「……だから、どういうことだって聞いてるんだが?」
「普通に狩りをして暮らしたとして、キミみたいに馬鹿なことをせずにチャクラを節約し、現地の組織に狩られずに老衰までいけることができる確率は1パーセント以下なんだよ」
「そいつはタイトな確率だな」
「そのデータをマキちゃんは、普通に魔法少女として戦っていては確実に早死にすると読み取った。だから、彼女は思ったんだ。だったら、普通ではない戦い方をしようと」
「……で?」
「彼女は自らが持っている唯一のアドバンテージである格闘技術の有効運用を考えて、そして魔法少女式対人格闘術を確立させたんだ。そう、あの娘には……状況を俯瞰する視点があったモキュ」
「魔法少女式対人格闘術?」
「これはちょっとした退魔技術の革命だよ? なんせ、骨格における体内魔力干渉を実現させちゃったんだから」
「……」
「――だからこそ、実力だけで外敵を排除することで、今までは運に任せるしかなかった到達者の一歩手前まで……彼女は駒を進めることができたんだけどね」
「到達者?」
「ああ、世間では特異点の発生と呼ばれる現象さ」
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