第98話魔法少女、二人 その1
サイド:森下真理亜
――昔、私はいじめられていた。
学校ではずっと漫画ばっかり描いていて、教室の隅で机で一人で時間を過ごしているタイプの子供だった。
そして、小学校6年生の頃に肺の病気で半年の入院をすることになった。
命に別状とかはないけれど、少しややこしい病気みたいで絶対安静が完治への条件ということで……そういう処置となった。
で、病室でも私はスケッチブックでずっと絵を描いていた。
何もすることも無いし、私は絵が描ければそれで良いし、学校に行ってイジメにあうよりは……まあ、そちらのほうが気が楽だったのも事実だ。
そうして、入院してから2週間が過ぎたある日。
「ちょっとキミ?」
声をかけてきたのは隣のベッドの女の人だった。
年齢は私よりも3つ上で……中学2年生。お兄ちゃんよりもひとつ年下のはずだ。
「……何?」
「毎日絵を描いていて飽きないの?」
「……飽きないよ」
「ふーん……ちょっと見せてもらっても良い?」
スケッチブックを受け取った女の人は、ペラペラとページをめくり、言葉を詰まらせた。
「……アニメ絵……か」
「変? クラスのみんなはキモいとか言うけど」
「いいえ、そんなことは私は思わない」
「どうして?」
「好きなんだよね?」
「うん」
「人が真剣に好きなものを馬鹿にするなんて私にはできないから」
その言葉で、ドキっと私の胸は鷲掴みにされたように高鳴った。
「でも、私下手糞で、クラスのみんなにも……馬鹿にされて」
「けれど、貴方は絵を描くことを辞めなかった。好きなものを諦めなかった。違うかな?」
しばし考えて、私は言った。
「まあ、そういうことになるのかな」
私の言葉に、女の人は微笑を浮かべてこう言った。
「それって素敵なことだと私は思うわ」
「でも、下手糞だよ? 才能も無いと思うし」
「才能……ね。ねえ、キミ? 名前は?」
少し考えて、私は素直に名前を言った。
「森下真理亜」
「ねえ、真理亜ちゃん?」
「好きなことを諦めない。人はそれを……才能って呼ぶんじゃないのかな?」
再度、私の心臓は鷲掴みにされる。
「……」
「涙? ちょっとキミ? どうしたの?」
そう、この人の言葉で、何故か私は感極まって涙が出てきたのだ。
「そういう風に言ってくれたことって……誰からもなくって……」
「……うん」
「……今の気持ちを素直に言うなら……嬉しいんだと……思う」
「……そっか」
「……」
「……」
「あの……お姉さん? 名前……は?」
「真希……坂上真希よ」
「……これから、マキ姉って呼んで……良い?」
テンションが上がってしまっていたのもあるだろう。
素直に、嬉しかったのもあるだろう。
ともかく、私は……坂上さんに、そんな言葉を言ったのだった。
それから――。
マキ姉が白血病だということを知ったのは数日後だった。
状態もかなり悪いらしくて、3ヵ月後には集中治療室へと移されていった。
そうしてそれから3ヶ月が経過して、あの日から数えて私の退院の日になった。
事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、退院してから数日後に、私は交通事故に逢った。
トラックにはねられて、数十メートル先のガードレールに腹部から激突して。
内臓が毀れているのを確認して、私は死を意識して、そして――。
――目の前に死神が現れた。
「キシシ……ボクはドーミンだモキュ。魔法少女になってくれるなら、今の君を助けられることもできるよ」
熊のマスコット人形のような……いや、そのものズバリのマスコットがそこには立っていた。
「さあ、君は生きたいモキュ? あるいは死にたいモキュ?」
ニコリと愛らしく笑うマスコット人形。
私は自分の腹部を見ると――内臓が零れていて、どうにも先は長くないようだ。
さて、困ったな。
何が困ったかというと、痛みを感じずに、ただただ腹部に痺れが広がっている。
ああ、これは良くない。
痛みというのは生命の危険を知らせる信号で、どうにも私はそれすらも超えてしまっていて――。
だから、シビレという形で脳は私に信号を伝えてくれている。
故に、私の全身に鳥肌が走った。
それはつまり、確かな死を完全に理解したから。
私は――血を吐きながら言った。
「生きたい……まだ……死にたく……ない」
「魔法少女として、生きたいと理解して良いんだね?」
何のことだかサッパリ分からない。
でも……たとえ、これが悪魔の契約だったとしても。
私はそこで、ゆっくりとドーミンと名乗ったマスコットに対して頷いた。
「願いは聞き遂げたよ。これで君は今日から魔法少女だ」
マスコットのドーミンの言葉が言い終えると同時に、私の……裂けたはずの腹部がいつの間にか修復し、そして――
――どれほどの時間が経ったのかは分からないが、事故現場でいつの間にか現れた少女が悲しげに倒れた私を見つめていた。
「マキ……姉?」
「……貴方もこちらの世界に来てしまったのね」
「どうして? マキ姉は白血病で……」
フルフルとマキ姉は首を左右に振った。
「ええ、確かに世間一般的には奇跡的な回復を遂げたことになっている。でも、その実態は……悪魔に魂を売る代わりに生きながらえることができた……という話ね」
「悪魔?」
汚物を見るような視線をマキ姉はマスコットのドーミンに向ける。
「はは、ボクが悪魔? これは心外だモキュ。こっちは命を救ってあげたんだよ?」
「反吐が出るわ。命の大事さを知っている者……だからこそ、生への執着は強い。だから、貴方は私の搬送された末期病棟を狙ってスカウトに来たんでしょうに?」
「ねえねえ、そんなことよりも新入りのレクチャーをしなくても良いのかい?」
何とも言えない表情をマキ姉は作った。
「……それもそうね。ようこそ、魔法少女の世界へ――」
と、そこでマキ姉は諦めたように首を左右に振った。
「――いや、人修羅の世界へ」
それだけ言うと、マキ姉は悲しげに笑った。
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