第20話 俺の阿倍野先輩がこんなにハレンチな訳がない! 後編

「テレフォンセックスって言う言葉を知っているかしら?」


 何を言っているんだこの人は!

 理解が全く追いついていない俺に、阿倍野先輩は更に畳みかけてきた。


「ねえ、もう一度聞くわよ。テレフォンセックスって言う言葉を知っているかしら?」


「テレフォンセックスですか? まあ、聞いた事はありますけど……」


「互いに電話で気分を高めて……自慰をしあうらしいわね。何やら…互いに気分を高めるためにクチュクチュ音も聞かせたりするらしいわ」


「クチュクチュって何なんですか!」


 っていうかこの人は本当に突然何を言いだすんだ!


「と、と、ともかくっ! 俺には全く分からない世界の話ですね」


 正直、童貞にはハードルが高すぎる世界の話だ。


「それでね、森下君?」


「はい、なんでしょうか?」


「私は昂っているのよ」


「……」


 もうだめだこの人。

 はやく何とかしないと大変なことになる。


 と、そこで――クチュっと電話口から音が聞こえてきた。


「ちょっと阿倍野先輩!?」


「んっ……何……かしら?」


 先ほどから阿倍野先輩の吐息が強くなっている。

 そして更に再度――ウチュクチュという音が聞こえてきた。


「何してるんですかっ!? そのクチュクチュ音は何なんですか!?」


「んっ……」


「……」


「……」


 しばしの無言、再度、クチュクチュという音が電話口で鳴り響く。

 俺はテンパリ過ぎて、バクバクと高鳴る心臓が今にも口から飛び出してきそうなノリだ。


「何をしている……んっ……って……そんなの……んっ……簡単……よ……」


「ストップ! 辞めて! 先輩! 色々! 色々危ないっ!」


 そして再度のしばらくの沈黙の後、阿倍野先輩は笑いながらこう言った。


「何をしているのかなんて本当に簡単な話ね。頬をつまんて引っ張りたり戻したりしていただけよ」


「えっ!?」


「少しからかってあげただけよ。貴方もやってみなさいな」


 言われたとおりに頬をつまんでみる。

 そして引っ張ったり戻したりすると、確かにクチュクチュという音が出た。


「くっそ……先輩!? さすがに俺も怒りますよ?」


「ふふ、焦っちゃって……可愛いのね森下君」


「本当に勘弁してくださいよね」


「ところで森下君? 貴方は妙に焦っていたようだけど……果たして何の音と勘違いしたのかしら?」


「……」


「ふふ……言葉では言えないことなのね。全く、本当に貴方はどうしようもないお下劣な品性の持ち主なのね。一度……切り落としたほうが良いんじゃないのかしら。この……ド変態が」


 くっそ……こいつ……と思いながら、俺は深くため息をついた。


「っていうか先輩ってシモネタ結構酷いですよね」


「シモネタは好きよ。けれど――私は処女よ」


「非常にどうでも良いカミングアウトをありがとうございます」


「そうなのよ、つまり私は――」


 彼女は電話の向こう側で押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――処女ビッチよ」



「何故にもったいぶった感じで言い直す必要があるんですか!?」


「ところで森下君?」


「何でしょうか?」


「エロイ人って下の毛が濃いってご存知かしら?」


「まあ、そういう俗説はありますよね」


「無論――私は濃いわ」


「本日2度目の非常にどうでも良いカミングアウトありがとうございます」


「そうなのよ、つまり私は――」


 彼女は電話の向こう側で押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。


「――とても毛が濃いのよ」


「だから何故にもったいぶった感じで言い直す必要があるんですかっ!?」


「ふふっ、冗談よ。一々慌てちゃって……可愛いのね森下君」


「冗談だったんですか。あんまり悪ふざけすると本当に俺も怒りますよ?」


「ええ、冗談よ。ちなみに処女ビッチと毛が濃いのは本当よ」


「冗談でも何でもねーじゃねーか!」


「ところで森下君?」


「何でしょうか?」


「どれくらい私が毛が濃いと言うとね……本当にとても濃いのよ」


「もう、下の毛の話は止めませんか?」


「そういう訳にはいかないわ。私にもきちんとした理由があってこんな話をしている訳ですもの」


「と、言うと?」


「――処女ビッチキャラを定着させなくちゃいけないのよ。貴方と私の今後にとってこれは大事なことなのよ」


「それをして何になると言うんですか!?」


「それは良しとして――」


「流して次の話題に行こうとしないでください!」


「貴方のいう事を聞くつもりは欠片もないわ」


「会話のキャッチボールが成立しないだとっ!?」


「ともかく、本当に私は毛が濃いのよ。今は電話だから……お見せできなくて本当に残念だわ」


「電話以外でもお見せしなくても良いですからね」


「しかし、そうなるとどうやって森下君に……私の毛がどれほど濃いと言うのを伝えれば良いのか……悩みどころよね」


「だから伝えんでいいですって!」


「私は例え話が下手なのよね……けれどやはりここは例え話でいくしかないでしょうね。そうね、仕方がないので……北〇の拳で例えましょうか?」


「毛の濃さの具合を伝えるのに……〇斗の拳で例えですか?」


 なるほど、確かに例え話は下手糞なようだ。

 アンダーヘアーの具合を伝えるのに北斗の〇は適切だとは俺は思えない。

 これは誰がどう考えても分かりにくい例えにしかならないだろう。


「そうなのよ、つまり私の毛の濃さは北〇の拳で例えると――」


 彼女は電話の向こう側で押し黙った。

 そして大きく大きく息を吸い込んで彼女はこう言った。



「――ラオウよ」



 剛拳だった。

 ってか……いかん、この会話がちょっと楽しくなってきた。


「分かりにくくてごめんなさいね森下君」


「めちゃくちゃ分かりやすいわ! ってか、分かっててやってるだろお前っ!」


「しかしね森下君?」


「ええ、なんでしょうか?」


「必ずしも……ラオウとは言い切れない部分もあるのよ」


「と、おっしゃると?」


「少しだけ……トキという説もあるのよ」


「ふーむ……どういうことでしょうか?」


「白髪が2本生えているのよ」


 なるほど、阿倍野先輩は柔拳も使える訳か。



 これは一本取られたと俺は掌をポンと叩いた。






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