第6話 勇者、身体能力を活かしてプロ野球選手を目指すもすぐに諦める

 さて、いじめっ子はやっつけたしどうしようか……。



 自宅のリビングでこれから先の人生の展望について考える。


 勇者って言ってもなぁ……。

 戦うだけの脳筋だし、現代社会で普通にサラリーマンをやっていく上であんまり有効なスキルはねえんだよな。

 ポテトチップスをつまみながら、俺は夜のテレビニュースに耳をかたむける。

 日本人の偉大なメジャーリーガーのニュースだった。


「サブローさんは本当にすげえよな。40超えても未だにメジャーリーガーだもんな」


 天性の才能を持つ者が不断の努力の末にたどり着いた……ある種の人類の到達地点の一つなんだろうな。

 素直に尊敬するし、俺もこういう風な人生を歩みたいとも思う。

 とにかく、凄い人だ。


「金とかも……たくさん持ってんだろうな」


 名声と富。

 異世界で捨てたものではあるんだけど、やっぱり俺も男だからそういうのには興味はある。

 でも……とテレビの中のサブローさんを眺めて俺は諦めのため息をついた。


「天才が努力に努力を重ねてたどり着ける境地だもんな。俺なんかには到底無理無理……」


 と、そこで俺はテレビを眺めながらフリーズした。

 その事実に気が付いた俺は口をパクパクとさせながら、テレビの中のサブローさんを指さした。



 ――できるじゃん俺! なれるじゃん! 俺! 俺……サブローさんより絶対足早いじゃん! 動体視力とか完全に人間辞めてるじゃん俺っ!


 さて……と、俺はスマホを弄り始めた。

 今から俺はマッハでプロ野球選手の年収を確認しなければならない。

 極力目立たないつもりだが、スター選手の一歩手前程度の活躍にとどめるならリアルバケモノ扱いされることはないだろう。

 そして1時間ほどインターネットの海を泳ぎ、信頼性の高い野球選手の年収情報を集めた俺は大きく頷いた。

 

「なるほど。青山に一戸建て……そしてスーパーカーか」


 うんと頷いて俺はテレビのサブローさんに向けて宣言した。


「サブローさん。俺……とりあえず……甲子園を目指します」







 俺が野球選手を目指すことを決意した翌日、朝のホームルームで突然の転校生の自己紹介がなされた。


「私が転校生のレーラ=サカグチよっ! 貴方たちと私が同じなのは16歳っていう年齢だけってことをまずは最初に正確に認識なさいっ! そして……今後は私に一方的によろしくしなさいよねっ!」

 

 金髪碧眼ツインテールの、とんでもない美系のチビ女だった。

 身長は145もないだろう、そして貧乳のくせして胸を張っていた。

 んでもって、誰を指さしている訳でもないんだが、右手人差し指をヴィシっと教室後方に向けて、左手は腰の位置だ。


 なんていうか……一言で言うと偉そうな感じだ。いや、ツンデレっぽい感じか?



 サカグチさんはそれ以上は自分からは何を言う気もないらしく、空気を読んだ担任の先生が彼女の自己紹介を始めた。


「坂口さんはフィンランド生まれでイタリア育ちの女の子です。飛び級を重ねて10歳でアメリカの大学院を卒業して博士号を持つ才女なんです。父方がフィンランド系で、母親がフランス系……お婆さんが日本人とロシア人のハーフ……つまり8分の1は日本人とのことで、日本語はペラペラです」


 キャラ濃すぎるわ。オマケにあの挨拶だろ?

 どこのテンプレラノベから飛び出してきたツンデレ才女なんだよ。


 思わずツッコミを入れそうになった時――坂口さんと目があった。

 するとサカグチさんは真っすぐに俺の席まで向かってきて、バンと俺の机を叩いた。


「ちょっとアンタっ!」


「ん? どうかしたのか?」


 マジマジと坂口さんは俺の瞳を見据えて、そして……首を左右に振った。


「いや、担任を恫喝してアンタの席の隣を私の席にしようと思ったんだけど……」


 恫喝って……。 

 ってか、こいつ、本当にラノベから飛び出してきたみたいな強烈な性格みたいだな。

 はっはーん。最近は日本のアニメは外国を席巻していると聞く。

 どうやら、そういうのに憧れて、なりきりキャラごっこみたいなことをしているのかもしれないな。

 あるいは、日本アニメのツンデレっていうのがリアル日本人像だと思い込んでしまって、舐められないようにそうしてしまっているのか……。


「で、どうするつもりなんだ?」


「見込み違いだったみたいね。不思議なオーラを感じて……ひょっとしてアンタかもって思ったんだけど……」


 何やら意味深なセリフだな。

 一目惚れでもしかけたってことか?

 いや、でも別に俺はイケメンではないぞ?


「……?」


「いや、まあ気にしないで! 良く見たら全然違うっぽいし」


 そうして、坂口さんは担任を恫喝して――見事に窓際の最後尾の席をゲットしたのだった。



 それ以降、彼女は授業を全て夢の中で過ごしていた。

 まあ、博士号持っているって話だし、授業を受ける意味は本来ないんだろうけどな。

 じゃあ、どうして高校に通っているのかっていう謎は残るが……まあ、俺にとってはどうでも良い話だ。


 ちなみに、彼女が起きているとき、ちょいちょい俺にガンを飛ばしてきていた。

 そうして目が合うと、決まって彼女は『やっぱり変よね……どうしてなんだろ……』とか、独り言を言いながら不思議そうに小首をかしげていたのだった。





 そして放課後。 

 俺はクラス委員長と一緒に渡り廊下を歩いていた。


 ――村山藤花

 身長157センチ体重52キロ。

 ちょいぽちゃのワガママボディで、眼鏡を外せば美人なクラス委員長だ。



 ちなみにGカップの爆乳だ。



 これまたどこのラノベから飛び出してきたテンプレか……という感じだが、この委員長は実は野球部のマネージャーなのだ。


『俺がお前を甲子園まで連れて行ってやる』

『約束……だよ?』


 そこから始まる二人の恋、そして甲子園優勝の暁には二人は熱いキスを……。

 委員長のブルンブルン揺れるオッパイを眺めながら、そんなことを考えている俺は拳をギュっと握って決意を新たにする。


「森下君? どうしたの? ニヤニヤしちゃって……」


「ん? いや? 何でもないよ?」


 いかんいかん。

 妄想もほどほどにしとかないと変態だと思われてしまう。


 そうして俺たちはグラウンドに到着した。

 委員長が野球部に俺の事を紹介して、とりあえず今日は体験入部ってことになった。


 そしてまずはバッターボックスに立って、エースピッチャーの球を間近で眺める……という体験をさせてもらえることになった。


「森下君? 一応バットは渡しておくけど素人じゃ振っても絶対当たらないから……恥ずかしがらなくても良いんだからね?」


 バットを受け取りながら俺は委員長に対して小さくうなずいた。

 気遣いのできるいい子だなと、俺は委員長の胸を見ながらそんなことを思った。


 そして――。


 ピッチャーが大きく振りかぶって、全力のストレートを投げてきた。

 ど真ん中のストレートで時速は110~120ってところだな。

 素人ならこの速度を見ただけで驚くだろうが――



 ――こちとら異世界帰りだ。



 ぶっちゃけ、止まって見える。

 力を最小限に抑えてバットを振るう。

 うっし、ど真ん中ドンピシャのホームランコースだ。

 素人同然の状態で、ビギナーズラックはありつつも、いきなりエースピッチャーからホームランを奪う。それが今回のシナリオだ。

 将来の読売巨人軍の5番バッターか3番バッターの逸話としては丁度良い頃合いだろう。


 待ってろよ委員長!

 俺はお前を必ず甲子園に連れて行くからな――



【スキル:剣術(スキルレベル10)が発動しました】



 なぬっ!?

 何故にここでスキルが発動するんだ!?

 ってか……めっちゃ嫌な予感が……っ!


 ――スパっ!

 

「うおっ!」


 キャッチャーのプロテクターに二つの塊がぶつかり、そしてボトボトと落下する音が聞こえてきた。

 恐る恐る落下した二つの物体に視線を向け、俺は予想通りの光景に頭を抱えた。

 そして、委員長が今にも消え入りそうな声で言った。


「ボールが……切れてる……」







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