第7話 勇者 VS 口裂け女
ボールを切った後、俺は冷や汗ダラダラだった。
なんせ、俺の目的は極力目立たないということなんだからな。
本気を出したらNASAとかにUMAとか妖怪として連れていかれてしまう可能性がある……というか、どう考えても世間を揺るがす大事件に発展してしまうのは明白だ。
だって俺……普通に地形破壊できるからな。
まあ、目立つにしてもあくまでも常人の範囲内でってことで今回の野球部入部だ。
その矢先にボールを切るという事態……これはやっちまったかも……と思っていた時、委員長の「不良品のボールが入っていたみたい」との一言で、どうにかことなきを得た。
そうして俺は、体調不良を理由に野球部への体験入部を中断したのだった。
――翌日。
家で朝飯を食った俺は、いつもの登校の道のりを歩いていた。
「とにかく……スキルが曲者だな」
ステータスの調整と言うか、力加減は自分の意思でどうとでもなる。
だがしかし、神の声が勝手に発動させてしまうスキルが問題だ。
異世界の時も結構そういうキライはあったんだが、日本に戻ってからは頻繁に出てしまう。
冒険中、休憩中に完全に油断しているときなんかに、とっさの危険を察知してスキル発動させてくれる便利機能なんだが日本では迷惑この上無い。
「とりあえず甲子園は保留だな」
委員長のオッパイを思い出して泣きそうになっていたところで、俺は――見知った顔を見かけた。
「確かあれは……レーラ=サカグチさん……?」
200メートルほど先の曲がり角で金髪ツインテールのチビ女が誰かと口論しているようだ。
金髪ツインテールは目立つので良く分かるが、もう一人の相手が分からない。
どうやら女性のようだが……。
【スキル:遠視を発動しました】
また勝手にスキルが発動したよ。
まあ、今回は助かるからいいけどさ。
「確かあれは……」
――阿倍野輝夜。
俺たちと同じ高校に通っていて、俺たちより1学年上の高校3年生だ。
身長163センチで体重は56キロ。
なんで俺がそんな情報を知っているかと言うと、彼女にはファンクラブが存在するのだ。
ちなみに、委員長にもコアなファンが結構いて、3サイズの情報なんかも出回っている。
んでもって、阿倍野先輩は神道の大家の家系で品行方正なご令嬢家なだけじゃなく、恐ろしく美人だ。
腰までの黒髪ロングで、家の行事なんかでは巫女さんもするらしい。
ちなみに胸の大きさはFカップだ。
つまり、オッパイ十字軍(クルセイダーズ)であるところの俺は異世界転移前から彼女を注視している訳だ。
「しかし、どうしてイタリアからの留学生と口論を……?」
まあどうでも良いかと思いながら俺はテクテクと通学路を進んでいく。
二人を眺めながら歩いていると、レーナ=サカグチさんが阿倍野先輩にファックサインを決めて、踵を返して学校へと向かっていくという光景が繰り広げられていた。
どうやら修羅場だったらしい。
しかし、転校早々ダッシュな展開だな……あのイタリア育ちのフィンランド人は。
そこで阿倍野先輩がため息をついて肩をすくめたその時、俺と先輩の目と目が合った。
「ちょっとキミ?」
彼女は俺に何やら手招きしてきた。
「え? 俺っすか?」
「そうよ。こっちに来なさい」
言われた通りに阿倍野先輩のところに向かっていく。
と、いきなり両掌で側頭部をガッチリとホールドされた。
そして阿倍野先輩は俺の瞳をのぞき込むようにしてジッと見据えてきた。
顔が近い……っちゅーか……間近で見ると引くくらい綺麗だなこの人。
甘い吐息が鼻先をくすぐって、何だか変な気分になる。
そういえば昨日……サカグチさんにも瞳を見られたんだっけ。
「おかしいわね。気のせいかしら……」
そうして阿倍野先輩はサカグチさんと同じように不思議そうに小首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「気にしないで。気のせいみたいだから」
それだけ言うと阿倍野先輩は俺から掌を放して校舎へと向かおうとする。
「あの……」
そうなのだ。
これは千載一遇のチャンスなのだ。
俺みたいなしがない一般生徒に、何かの勘違いか気のせいであっても……彼女のようなスクールカーストの最上位に位置する存在が、何故か俺を気にして声をかけてくれたのだ。
そう、チャンスはここしかない。
「どうしたの?」
急いでるんだけど? 的な視線を俺に浴びせかけてくる阿倍野先輩。
やっぱり辞めとこうか……と思ったが、俺は自らを奮い立たせた。
俺は俺自身に問う。
俺の人生に……巫女さんとお近づきになれる機会がこの先あるだろうか?
――いや、ない!
ええい、ダメ元の……一時の恥だ!
ここで言わなきゃ一生後悔する!
俺は……巫女さんを集めて合コンとかしたいんだっ!
「あの……その……」
「何なのかしら?」
俺は勇気を振り絞って言ってみた。
「俺とお友達になってくださいっ! 携帯教えてくださいっ!」
一瞬、何を言われているか分からないような表情を阿倍野先輩は浮かべた。
そして彼女はニコリと笑った。
「お断りします」
ですよねー。
いや、俺もまさかこんな方法でお近づきになれるとは思ってなかった。
まあ、言うだけならタダ的な感じだし、こっちもいきなり顔面を両手で持たれてるしの不思議なシチュエーションで……まあ、軽いパニック状態になってたってところかな。
そうして阿倍野先輩は更に柔和なニコニコ顔を作って言葉を続けた。
「消え去りなさい――このビヂグソ野郎が」
ひでえなオイ。
品行方正なご令嬢とか言ったの誰だよ。
校舎に向かいながら、阿倍野先輩は後ろ手を振りながらこう言った。
「生ゴミみたいなゲロ以下の匂いがプンプンするので今後私に近づかないでね。では……ごきげんよう」
本当にひどいなオイ。
ってか、この学園キャラ濃いの多すぎだろ。
っつーか……流石にこの言われようはショックを受けた。しかも自業自得なんだよな。
朝っぱらからナンパなんて、俺はなんという愚かなことをしてしまったんだ。
ズーン……と心がブルーになっていく。
【スキル:精神耐性を発動しました】
また勝手にスキル発動しやがって……おお、でも、沈んだ心が浮かび上がってきた気がする。
と、その時――阿倍野先輩が物凄い勢いでこちらを振り向いた。
そして俺の瞳を再度観察して、こちらに向かってきて……俺の背後に回り込んだ。
どうやら俺の背後を確認しているらしい。
「……背後には何もなし。と……なると……」
何やら阿倍野先輩は思案している。
「ちょっとキミ?」
「はい?」
「レーラ=サカグチに何か言われたり変な事をされなかった?」
「そういえば初対面でいきなりマジマジと顔をガン見されました」
「……で?」
「サカグチさんの気のせいだったみたいだから……俺にも特に気にするなって……」
「ふーん……」
再度、阿倍野先輩は何やら思案して鞄からメモ帳とペンを取り出した。
そしてメモ帳をめくって紙にペンを走らせる。
「はい。これ……」
「え?」
「私のメールアドレスよ。それじゃあね」
メモを受け取り、そして阿倍野先輩は後ろ手を振って校舎へと向かっていった。
俺はその場でしばし固まった。そして……
「何だかよくわからんが巫女さん合コンが現実味を帯びてきたっ!」
と、心の底からガッツポーズをしたのだった。
その日の放課後――。
夕暮れの住宅地帯を俺は歩いていた。
目下、俺が考えている事は――阿倍野先輩へのファーストメールの内容だ。
『お友達になってくださいっ! 携帯教えてくださいっ!』
それを受けてメールアドレス教えてくれたって事は、お友達になるつもりはあるってことだよな。
いやいや、それどころか既に脈有りだったりしちゃって。
ふふ……異世界を併せて苦節19年……童貞の俺にも遂に幸運が巡ってきやがったってことかな?
「お母さんあの人ニヤニヤしてて気持ち悪い」
「見ちゃいけません!」
道行く親子連れにそんな事を言われた。
いかんいかん、どうにも異世界から帰ってきてからニヤニヤする癖ができてしまったようだ。
と、そんなこんなで家路を急いでいると、家へのショートカットの森林公園に差し掛かった。
そうして公園内の道を歩いている時、髪の長い女の人が俺の行く道に一人で突っ立っていた。
マスクをしていて、季節外れのコート、そしてその女の人は道の真ん中で突っ立ったままただひたすらに直立不動で空を見上げていた。
不気味な感じだな。
っていうか、酒でも飲んで酔っ払っているか、薬でもキメちまってるのかもしれない。
そう思った俺は道の端を歩いて、その女の人をやり過ごそうとした。
女の人の横を通り過ぎようとした時――
「ねえ、アナタ?」
女の人が俺に話しかけてきた。
普通だったら絶対に立ち止まらない。
でも不幸が起きた。
つまりは俺のスカウターが――彼女のコートの下の推定Eカップの巨乳の圧倒的戦闘力を察知してしまったんだ。
「何でしょうか?」
よくよく見てみるとかなりの美人さんだ。
でも、どうしてこんなところでこの人は突っ立ってるんだろうか。
「私――キレイ?」
しかも唐突な質問だ。
やっぱり薬でもやってるのかな?
まあ、とりあえず聞かれたから答えておくか。
「ええ、綺麗だと思いますよ?」
そうして女の人はマスクに手をかけた。
「これでも――キレイ?」
彼女はマスクを右手で外して――
「うわああああああああああああああああっ!」
【スキル:体術が発動しました】
驚きのあまり、俺は女の人の顔面に右ストレートを叩き込んでしまった。
いや、そりゃあ驚くだろ。
だってこの人……めっちゃ口裂けてんだもんよ。
彼女は吹き飛んでいき、樹木を2本ほどなぎ倒してゴロゴロと転がって……20メートルほどいったところで止まった。
そうして俺は絶句しながら呟いた。
「……本当にいるんだな……口裂け女って……ってか、妖怪か……」
道には刃渡り15センチのサバイバルナイフが落ちていた。
殴った時に落としていったんだろう……ってか、人を襲う系の妖怪だったのか。
俺は小走りで口裂け女の元に向かった。
ピクピクと痙攣している彼女に向けて、俺は掌を差し出した。
「いきなり殴って悪いな。どうして君は人間を襲おうと――」
口裂け女の鼻骨が折れて、物凄い勢いで鼻血が流れていた。
これは不味い……まずは事情聴取をしないと何も始まらないのに、このままでは鼻血で喋れないじゃないか。
と、俺は回復魔法を発動させて掌から緑色の粒子を患部に向けて放った。
シュワシュワシュワ。
と、緑の粒子が口裂け女の両手両足に集まっていき、彼女の体を溶かし始めた。
どことなく口裂け女の表情は気持ち良さげに安らかに……と、そこで俺は気づいた。
「回復魔法はアンデッドを成仏させる効果があるんだった!」
ほどなくして口裂け女はその場から完全に消え去って天に召された。
ふう、と俺はその場でため息をついた。
事情聴取したかったんだけどな……まあ、これはこれで結果オーライか。
安らかそうだったし、気持ちよさそうだったし。
と、そこで20メートルほど近くの木の上からボトリと何かが落ちてきた。
それは学生服を着た上半身だけの人間だった。
「あ……妖怪テケテケ」
テケテケと俺の目が合う。
どうにもテケテケは先ほどの一部始終を見ていたらしい。
涙目になって小刻みに震えるテケテケ。
ドーベルマンに睨まれたチワワのようにプルプルと震えて半泣きになっている。
俺と言えば初対面の妖怪に必要以上にビビられて、どうして良いか分からない。
そして――
――テケテケは脱兎のごとくどこかへと逃げていった。
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