第8話 勇者、退魔師の少女と出会う

 ――さて。

 晩飯も食べて、現在の時刻は午前8時半だ。


 口裂け女というハプニングもあったが、今はそんなことはどうでも良い。

 そんなことよりも問題は……阿倍野輝夜(あべのかぐや)先輩へのファーストメールをどうするということだ。



 ってか、本当にラッキーだったな。

 孤高の令嬢と呼ばれる阿倍野先輩と接点を持てるとは……。

 つっても、流石に俺も阿倍野先輩と恋愛的な意味で付き合えるとは思っていない。

 相手は学校の有名人で、ファンクラブまでできているような超ド級の美人だ。


 が……お友達になれる可能性は微粒子ながらに存在している。

 なんせ、アドレス教えてくれたんだからな。

 さすがに嫌いな相手にあのシチュエーションで教えてはくれないだろう。



 そしてお友達になれば……阿倍野先輩のお友達の巫女仲間を紹介してもらえるかもしれない。

 なんせあの人、神社の大家の家系だからな。

 そうなれば、俺の人生の目標である巫女さん合コンも夢ではなくなってくるのだ。



 皇国の興廃――この一戦に有りとは正にこのことだ。



 さて、メールの文面だが、まずは軽くいってみるか。



『はじめまして、今朝メルアド教えてもらった森下大樹です。これからよろしくお願いします』


 よし、完璧だ。無難にまとめることができたな。

 

「送信っと」


 送信した5秒後、俺の携帯がメール着信音を鳴らした。

 勿論、送信者は阿倍野先輩で――


「早っ!」

 

 思わず俺は声に出して言ってしまった。

 まあ、それは良しとしてどんなメールが返ってきたのかな?

 ドキドキしながらメールを開いてみると――



【スキル:呪殺耐性(小)が発動しました】



 なぬっ?

 どうしてこのタイミングでこんな恐ろしい名前のスキルが発動するんだ?

 本当に日本に帰ってきてから神の声は変だな。ポンコツ化してんじゃねえのか?

 そんなことよりも阿倍野先輩からのメールメール……っと。


『単刀直入に聞くわね。貴方の親族に皇宮警察、宮内庁、あるいは陰陽師の関係者はいるかしら?』


 しばし俺はフリーズした。

 質問の意味が分からないというか何というか……。

 ああ、そういうことかと俺は掌を叩いた。


「良いところのお嬢さんだからな。お近づきになるにあたっての身辺調査か」


 お嬢様ってのも大変だな。

 よくよく文面を考えてみると神社関係とか陰陽関係とかで……まあ、色々とそっちの世界にはあるんだろう。

 さて、メールを返そうか。


『いませんよ。父親は信用金庫の勤め人で母親は専業主婦ですよ。突然ですけど先輩はどんな音楽が好きですか?』


 よし、無難にまとまったな。

 しかも、さりげなく趣味を聞いて話題を広げるという小技も取り入れてみた。

 女遊びに長けた奴だったら、他にもっといろいろあるんだろうが童貞ではここらが限界だ。


 よし、送信……っと。

 送信した3秒後、俺の携帯がメール着信音を鳴らした。

 勿論、送信者は阿倍野先輩で――


「早っ!」

 

 いくらなんでも早すぎだろ。

 どんな特殊能力があればそんな高速返信ができるんだっ!?

 と、俺はメールを開いて――


【スキル:呪殺無効(中)が発動しました】


 うぬっ?

 またもや物騒なスキルが発動?

 しかもさっきより耐性スキルが強くなっているじゃないか。

 本当に神の声はポンコツ化してんだな。

 さて、気になるメールの内容は……。


『貴方の質問に答えるつもりはないわ。それじゃあ平将門や織田信長、あるいは天草四郎のような歴史上の人物と血縁は?』


 貴方の質問に答えないって……。

 ちょっと俺はイラっと来た。

 しかも、さっきから俺の血縁者ばっかり聞いてきて……そりゃあ、お嬢様には色々あるのかもしれないけどさ。

 俺とメールしてんだから、ちょっとくらい俺のこととか聞いてくれたって良いじゃないか。


『今朝、友達になりたいって俺は言いましたよね? 俺は純粋に先輩にお近づきになりたいんです。あんまり探りを入れられると……こちらにも考えがありますよ? いい加減にしてください!』


 よし、送信っと。






 そして――。


 今までのマッハっぷりの返信から、速攻で返ってくると思っていた返信が――待てど暮らせど返ってこなくなった。かれこれ、最後の返信から3時間経過しているのだ。


「ああ、どうしよう……半ギレっぽく返信しちゃったから阿倍野先輩怒っちゃったんだ……どうしよう」


 そうして俺はベッドに倒れこんで両足をジタバタとさせたのだった。











 サイド:阿倍野輝夜




 私の名前は阿倍野輝夜。

 表向きは神社の大家ということだが、私の一族には裏の顔がある。



 一言で言えば……私は退魔師の家系だ。



 日本の闇にはびこる魑魅魍魎を、その時々の為政者と折り合いをつけながら狩り続けてきたとか、まあそんな感じ。

 ちなみに、自分で言うのもアレだけど、10代としては相当な実力者に分類されている。



 まあそれは良しとして今朝、私は不思議な男子生徒に出会った。


 私たち異能力者は互いの瞳を見れば互いに異能力者だと分かる。

 と言うのも古今東西全ての異能の術式は瞳を起点として発動されるので、瞳に魔力をまとっているかどうかですぐにピンとくるのだ。


 そして、あの男子生徒は……体中に微弱な魔力のような何か……良く分からないオーラを帯びていた。

 けれど、おかしなことに瞳には一切の魔力を帯びていなかったのだ。



 敵かどうかも分からない、何だか良くわからない不穏因子を……高校と言う近場に置いておくわけにはいかないと私は判断した。

 かと言って、いきなり攻撃と言うのもおかしな話で、まずは私は彼と接してみて情報収集を行おうとしたのだ。



 そうして夜の8時半。

 40畳の和室の自室で臨戦態勢で待つ私に――メールが届いた。

 身体能力強化術式と反射神経強化術式を使用。

 目にもとまらぬ速さで私はメール本文を打ち、同時に携帯の内部に電磁化させた式神をセットする。



 今、私が使っている式神は、文字通りに式神を現代風にアレンジしたものだ。

 用途は主に素人相手のスパイ活動となっている。

 まあ、背後霊のような存在として対象に纏わりつかせて情報をこちらに送るというものね。


「メールに式神を添付して送信」


 数瞬の後、私は絶句した。

 

「式神が……消滅した?」


 アレは偵察用とは言え、阿倍野家直伝の式神なのよ?

 そこらの防性術式なら苦もなく突破できるはず……。

 それを状況の情報すら送る間も無く一瞬で?


「どうやら素人と思って舐めていたようね」


 彼が今朝……私に見せた姿は恐らくはブラフ。

 まだ、こちらの世界の住人ではない……天然の……未だ闇の世界を知らぬ異能者と判断した私が甘かった。


 本気ではないとは言え、私の式神を一瞬で消したのだから、彼の実力は――相当なものだと判断した方が良い。

 私は箪笥の中から札を取り出した。

 そして畳に5枚並べて五芒星の陣を作った。


 ふふ、これで準備は万端よ。


「次は本気を出すわ」


 今度はただの偵察ではなく威力偵察だ。

 並の術者では決して扱えない攻撃用の上級式神を彼の所に届ける。



 そして彼が私にメールを返してきたと同時、私は再度高速でメールの文面を打ち、式神を載せてメールを放った。

 瞬の後――



 ――また……式神が消滅したっ!?



 あまりの事態に私はしばし茫然とその場で立ち尽くした。

 私の作り出した上級式神を……一瞬で……まるで……とんで火にいる夏の虫……みたい……に……。

 こんなの……本家の当主様でもできるかどうか分からない。

 なんて……なんてことなの……。


「術者として……私とは……まるで……役者が違う」


 と、そこで彼からメールが返ってきた。



『今朝、友達になりたいって俺は言いましたよね? 俺は純粋に先輩にお近づきになりたいんです。あんまり探りを入れられると……こちらにも考えがありますよ? いい加減にしてください!』


 私は猛省した。

 相手を格下と決めつけて、ロクに情報もないままに……いきなり相手に式神を放った私が……あまりにも浅はかだったと認めざるを得ない。

 そして、私は彼からのメールの一文に戦慄した。

 どうにも不味いことに……私は規格外の実力者の逆鱗を踏んでしまったらしい。


『こちらにも考えがありますよ?』


 ――はたして……どんな考えがあるというのだろう。


 報復されるのであれば、私だけでは到底太刀打ちできない。

 下手をすれば本家に要請をかける必要もあるだろう。

 これからの事を思い、私の頭から血の気が引いていく。


 そして――青白い顔で、ヘナっと私はその場でへたりこんだ。



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