第9話 メル友から始めましょう
翌日の朝。
俺はブルーな気持ちで学校への道を歩いてた。
「阿倍野先輩に嫌われちまった……」
俺の人生の3大目標であるところの巫女合コン。
昨日までは現実的な距離まで急接近していたというのに、今ではその目標は月よりも遠く感じるぜ。
涙が零れないように俺は空を見上げなら歩いていると……ニャアと猫の鳴き声が聞こえた。
見ると、段ボールに子猫が捨てられていて、お腹を空かせて泣いているようだ。
「仕方ねえな」
今日の昼飯は菓子パンと500ミリリットルの牛乳パックだ。
菓子パンだけでは口の中が甘くなってしまうが、ここは致し方ない。
俺は牛乳パックを取り出して、口を開いて子猫の段ボールの近く置いてやった。
ほどなくすると子猫が牛乳パックに近づいて、ミルクを飲み始めた。
と、その時――
「おはよう。森下君」
「あ……阿倍野先輩」
「昨日はごめんなさいね。貴方がそんなに凄い人物だとは思わなかったから――正直……侮っていたわ」
どうやら子猫にエサをやっている所を見られたらしい。
しかし、凄い人物って言われると大げさで何だか照れくさいな。
「いや、俺こそすいませんでした。ちょっとやりすぎちゃったって言うか……」
「ええ、本当にね」
阿倍野先輩はまつ毛を伏せた。
確かにいきなりの逆切れっぽいメールはねえよなァ……と俺は猛省する。
「いや、本当にすいませんでした」
「で、キミ……どうするつもりなの?」
「俺としては先輩の事をもっと……知りたいです。俺は純粋に先輩とお近づきになりたいんです。友達に……なりたいんです」
「それはどうして?」
「先輩みたいな人……俺の周りにいなくて」
巫女さん合コンのキーウーマンだからな。
オマケに美人だしこんな人と出会うのは……本当に人生でラストチャンスだろう。
「今の言葉に嘘が無いか――確かめさせてもらうわよ?」
言葉と同時に先輩は俺の顔面を両手で掴んだ。
そして自分の額を俺の額にこすりつけてきた。
っていうか……鼻先と鼻先もくっついて、ちょっとした事故が起きればキスしそうな感じだ。
うはァ……先輩の鼻息が俺の唇にあたって……やべえ……超……幸せ……だ。
【スキル:精神障壁(極小)が発動――しませんでした】
なんでこんな時にスキルが?
そうして俺から顔を放して、フッと先輩は呆れたように笑った。
「なるほど。本当に私と友達になりたいだけ……なのね」
「だからそう言っているじゃないですか」
少しだけ先輩は何かを考えて、マジマジと俺に尋ねてきた。
「キミ……天然なの?」
「そうですね」
そういえば、姫さんやら大魔術師には良く天然って言われてたな。
他にも妹からは変態って良く言われる。
まあ、それは良しとして先輩は軽く頷いてこう言った。
「分かったわ。前向きに考えてあげる」
「前向きにって言いますと?」
「まず、貴方と私は対等よ。友達と言うからにはそうなるわ」
スクールカースト最上位である阿倍野輝夜先輩が……俺の位置まで降りてきてくれるだって?
この人、昨日は俺の事をビヂグソ野郎とか言ってたけど、実は凄く良い人だな。
「今日一日……お試し期間といきましょう。上手くやっていけそうなら……メル友から始めるというのでどうかしら? そして、メル友となった暁には――私の秘密を教えるわ。恐らく今後に必要になってくることだから」
「よろしくお願いします!」
願ってもない申し出だ。
俺としては既に終わっていたものと思っていたのでこれは僥倖と言って良いだろう。
ってか、秘密ってなんなんだろうか。
「私は今から……素の私で貴方に接するわね。ルールは簡単よ。今日一日で貴方が私の機嫌を損なえばそこでおしまい。勿論、私が貴方の機嫌を損ねたらそこでおしまいにしていいわ……。それじゃあごきげんよう。森下君」
先輩は後ろ手を振りながら校舎に向かって行ってしまった。
そうして、俺はその場で叫ぶ出しそうになるのを堪えながらその場でガッツポーズを取った。
――なんだか良くわからんが……月よりも遠かった巫女合コンが……目の前まで迫ってきたぜ!
サイド:阿倍野輝夜
一晩考えた結論は――素直に謝罪しようという事だった。
いきなり式神を飛ばすなんて能力者同士の初対面では宣戦布告に等しいことだ。
そして、彼は私よりも遥かに格上の実力者になる。
で、あれば早々に降参の姿勢を見せたほうが良い。
だから、私は通学路で彼を待っていた。
「おはよう。森下君」
「あ……阿倍野先輩」
「昨日はごめんなさいね。貴方がそんなに凄い人物だとは思わなかったから――正直……侮っていたわ」
「いや、俺こそすいませんでした。ちょっとやりすぎちゃったって言うか……」
「ええ、本当にね」
偵察用の式神が、襲われた情報すら術者に送信できずに消滅する。
本当に笑えない出来事だ。
大人と子供ほどに力に差がないと到底できない芸当……それを同年代にやられてしまうとは……。
天才と言われて天狗になっていた自分を思い出し、私は自分が情けなくってまつ毛を伏せてしまった。
「いや、本当にすいませんでした」
「で、キミ……どうするつもりなの?」
私に敵対するのか否か、敵対するにしても交渉の余地は無いのか。
交渉可能であるなら、今回の件は完全に私が悪いので、ある程度の手土産であれば用意はできる。
「俺としては先輩の事をもっと……知りたいです。俺は純粋に先輩とお近づきになりたいんです。友達に……なりたいんです」
いきなり何を言い出すんだろうかこの人は。
あまりにも理解不能な言動に私の頭はパニックになった。
「それはどうして?」
「先輩みたいな人……俺の周りにいなくて」
少し考えて私は森下君に尋ねる。
「今の言葉に嘘が無いか――確かめさせてもらうわよ?」
今から私が仕掛ける術式は、最高難易度の精神干渉術式だ。
直前の言葉に対して、嘘をついているか否かが分かる――ウソ発見器というもの。
私は彼の側頭部を両手で掴み、額と額を重ね合わせた。
そして彼の心を読んで、私は目を大きく見開いた。
「なるほど……本当に私と友達になりたいだけ……なのね」
「だからそう言っているじゃないですか」
呆れてモノも言えない。
この術式は非常に成功率が低いものだ。
普通の人間相手にさえ、私の腕では中々有効に動作しない。
彼ほどの術者であれば尚のことだ。
――けれど、自ら受け入れてくれると言うなら話は別となる。
だから、私は彼の心が読めた。
でも、それは普通の人が持つ最低限の精神的防波障壁――心の障壁を意図的に取り除くという事だ。
もしも、障壁が完全に取り除かれているときに、他の精神汚染術式を仕掛けられたら一たまりもない。
――私としては半ば冗談のつもりでやったことで、本当にこの術式が通るとは毛頭思っていなかった。
だって、まさか本当に友達になりたいだけで……阿倍野家の私に近づいてくる異能力者なんて存在する訳がないもの。
けれど、彼は見事に応じてくれた。
何故に初対面の私にここまでするのかは分からないが……。
――と、そこで私は、はっと息を吞んだ。
昨日、私がこの人を初めて見た時……天然の異能力者だと私は思った。
どこの組織にも属さずに何の訓練も受けずに能力を発動させてしまう……どっちつかずの、世界の裏すらもロクに知らないハグレ者。
昨日、私の式神を弾いたことからその可能性を捨て去ってしまっていたけれど。
案外、この人は本当に天然なのかもしれない。
そして――初めて出会えた異能の力を持つ私と……本当に純粋に友達になりたかったのだとしたら?
「キミ……天然なの?」
「そうですね」
やっぱりそうだった。
正直に言うと、その気持ちは私にはすごく分かるのだ。
闇の世界に生きる私は常人とは深く関りを持たないようにしている。
そのせいで学校でもいつも人を遠ざけて、孤高の令嬢なんて言われたりするけれど――何のことはない。
――私はただ、失うことが……繰り返すことが怖いのだ。
中学生の時に親友の美幸ちゃんが……素人である美幸ちゃんが……バケモノに人質に取られて惨殺されたあの出来事を繰り返すのが怖いのだ。
ひょっとすると……いや、間違いなく森下君も私と似たような経験をしたことがあるのだろう。
だからこそ、彼には心を許すことのできる友達がいない。
――だから、彼は友達を求めている。
異能者という意味での……自分との対等な者とのつながりを求める気持ちは……私には痛いほどに良く分かる。
だって、私もそうなのだから。
――私もまた、一人のランチは……一人の登下校は……一人ぼっちは……辛いのだから。
私にも知り合いの異能者はいても、友人の異能者は存在しない。
同年代の異能者のほとんどは他組織に属していて、兄弟姉妹や従妹連中も家督争いのライバルばかりで気を許すことなどできはしない。
私に友達なんて作れるはずなんてないと諦めていた。
でも……と思う。
天然の異能者で……組織間の何のしがらみもないこの人なら?
「分かったわ。前向きに考えてあげる」
「前向きにって言いますと?」
「まず、貴方と私は対等よ。友達と言うからにはそうなるわ」
彼の方が術者としては明らかに格上。
この状態で友達と言われてもやりにくいったりゃありゃしない。
「そりゃあ構わないですが」
「今日一日……お試し期間でメールをしましょう。それで上手くやっていけそうなら……メル友から始めるというのでどうかしら? そして、メル友となった暁には――私の秘密を教えるわ。恐らく今後に必要になってくることだから」
友人となる以上は私についての……色んな事は知ってもらわなくちゃいけない。
そして、私の秘密を……森下君に託せるか否かの最低限の審査はやはり必要だろう。
「分かりました」
「そして、私は今から……素の私で貴方に接するわね。ルールは簡単よ。貴方が私の機嫌を損なえばそこでおしまい。勿論、私が貴方の機嫌を損ねたらそこでおしまいにしていいわ……それじゃあごきげんよう。森下君」
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